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穴田さん
人生の終末期を支えるホスピスに働く人で、「穴田さん」を知らないとモグリだと言われる。
穴田さんはフリーランスで、短期契約、全国各地を飛び回る有能な介護士だ。
日給も三万円と高いが、彼を雇いたいというオファーは多い。
穴田さんに看てもらった患者は、終末期の苦痛の中にありながら、常に笑顔が絶えない。
俗に言う「笑い死に」状態で、いざ最期を迎えても、満面の笑顔で亡くなるらしい。
遺族の多くが、「遺影って、遺体を撮っちゃダメですかね?」と訊ねるほど、見たこともないような笑顔の遺体だそうなのだ。
穴田さんは患者の終末期を、至高の幸福期に変える特技を持つ。
便宜上、彼は履歴書を持ち歩いているが、まずそれは嘘だと雇用主に告げる。
ただし、職歴に関しては脚色がない。
「学歴よりも、職歴を見てください」とは、彼の口癖のようなものである。
私はフリーランスの記者として、穴田さんに同調感を持ちながら、彼のことを調べた。
苦痛の中にある終末期の患者が、なぜ「笑い死に」状態で旅立てるのか。
彼は一流のお笑い芸人なのか。
遺族の方々は、皆同じことを話してくださった。
それは、「穴田さんは、神様の使いなんですよ」という言葉だ。
神様の使いと言うと、まず天使が挙げられると思うが、彼は天使ではない。
幸福を運ぶ存在が、人の形を借りてこの世に生きている。そう考えていただくほうが自然だろう。
穴田さんの仕事は、特別なことをしていない。
彼はただそこにいるだけで、患者をサポートできている。
終末期とは、人の命が終わりに向かうつらい旅だ。当然ながら、健常者には分からない苦労が多い。
穴田さんはそれを、存在というエネルギーで笑顔に導く。
穴田福朗。
彼はふくろう(不苦労)が転生した奇跡的な存在なのだそうだ。
しかも、穴田さんは複数存在するとの証言もあった。
これからも全国各地のホスピスで、彼を待つ患者は増えるだろう。
私は記者の端くれとして、彼がもたらした奇跡的な快談を、今後も記事にしていきたい。
亡くなった患者は皆一様に穴田さんに感謝の言葉を遺していた。
「人生の最期に不苦労を味わえた。それを持って来世に行くと思えば、死ぬことに期待感しかない」
穴田福朗。
人は確実に終末期を迎える。
せめてそのとき、フリーランスの彼を数日雇うだけの金銭があれば、貯蓄や遺産は考えなくても済みそうだ。
そう思えるだけで、先行き不安な世の中に、不苦労の光明が差すように微笑めた。
日給三万円を高いか安いかと考えるのは、まだ健康な証明である。
ここまでこの記事を読んでくださった方々が、末永く健康でいられますようにと、私は願い、また別記事にて、穴田さんの功績を称えたいと思う。
(筆先ノック ジャーナリスト/文)
end.
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