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砕け散った恋心
「ねぇ、ねぇ。ななちゃんの好きな子って誰?」
「えっ?どうして?」
「だって、ななちゃんはいっつもうちらの相談にのってくれるけど自分の好きな人は言わないじゃん。そう思うよねーー。美由紀」
「うんうん。そうだね!ななちゃんは好きな人いないの?」
「えっ……あっ……三崎君」
「ほらーー、やっぱり三崎君だって話したじゃん。美由紀」
「本当だね!渚の言う通りだね」
「絶対に他の人には秘密にしてね。三崎君の取り巻きの人とか怖いし。早瀬先輩に目をつけられるのも嫌だし。だから、絶対にここだけの秘密にして」
「わかってる、わかってる」
「大丈夫だって、じゃあね。ななちゃん」
深川美由紀ちゃんと宮川渚ちゃんは、保育所が同じの腐れ縁。
高校に入学すれば新しい友人が出来て二人と離れられると思っていたのに……。
入学式から仲良しアピールをされたせいで、誰も私に近づいてくれなかった。
「篠村、今帰り?」
「み、三崎君。うん」
「こないだ借りた本ありがとう。意外におもろかったわ」
「でしょ、でしょ」
たまたま、同じマンションだった三崎龍矢君だけが私に話しかけてくれた。
私達は、誰も知らない場所でこっそり本やCDやゲームを貸し合っていた。
これは、ひっそりと誰にもばれない恋。
だったのに……。
私は、美由紀ちゃんと渚ちゃんに話した事を激しく後悔する。
「CDどうだった?マルクってかっこよくなかった?仲いい奴は好きじゃなくてさ」
「あっ、ありがとう。すごく良かった。マルクの【ありふれた日々】なんか特に良かった」
「えっ、マジで!俺もあれ大好きなんだよ!スマホに落としてやろうか?」
「ううん。サブスク入ったから大丈夫」
「マルクのサブスク入ったの、俺もだよ。だけど、CD音源の方が好きなんだよ」
「わかる。マルクの小さく弾いてるギターの音がサブスクとは違うよね」
「うわーー。そこまでわかってんの?やっぱり、篠村とは話が合うわ」
三崎君は、ニコニコしながらCDを鞄にしまう。
私は、この関係で充分幸せだ。
マンションについて、エレベーターには乗らずに、わざわざ階段を上がりながら話す。
少しでも長い時間話したい私と体力作りの為の三崎君。
思いは、違っても長く話せるのにはかわりなかった。
「ちょっと待ってて!今、取ってくるから」
三崎君は、慌ただしく家に入り戻ってきた。
「はい、これ」
「ありがとう」
「じゃあ、また明日」
「うん。借りるね」
手を振って別れる。
ずっと、この日々が続くだけでいい。
それだけで、幸せ。
明日も、明後日も、明明後日も、三崎君と話せるだけでいい。
それしか望まないから。
だから、美由紀ちゃん、渚ちゃん。
お願い、誰にも言わないで。
祈りながら眠り、祈りながら朝を迎え、祈りながら学校に行った。
「一年の篠村ななって、どいつ?」
一組の教室に向かって、大きな声で叫んだのは早瀬先輩率いる。
三崎君の取り巻きだ。
「わ、私です」
廊下を歩いていた私は、小さな声を出す。
「あ、あんた!ちょっと来な」
「はい」
私は、早瀬先輩に言われてついて行く。
「あんたさーー、龍矢とどうにかなれると思ってんの?」
「どうにかなろうとは思ってません」
「じゃあさ、何でこんなのが回ってくんの?」
早瀬先輩がスマートフォンで見せてきたのは、昨日の私と三崎君だ。
「どうして……これ?」
私と三崎君の秘密。
この半年、誰にもバレてなかったのに……。
「知らねーーよ!こっちが聞きたいんだけど」
「こ、これは、家が近くだから」
「下手な言い訳すんなよ!」
噂通り、早瀬先輩は怖い。
早瀬雪先輩は、三崎君の彼女。
「今回は、一回目だから許してやるけど。次、龍矢に近づいたら何するかわかんないから」
「わ、わかりました」
「龍矢と私が付き合ってんの忘れんなよ」
「は、はい」
早瀬先輩達は教室に向かって行く。
「よ、よかった……」
二年の戸村先輩は、殴られたって聞いてたから……。
私は、そうじゃなくてよかった。
「よくないよ。もう三崎君と話せないじゃん」
心と言葉の意志がズレてるのが笑える。
涙を拭って立ち上がり、私は教室に向かう。
1年3組の扉を開けると中にいた全員が私を一斉に注目する。
その中に、美由紀ちゃんと渚ちゃんがいた。
私は、目を伏せながら自分の席に向かう。
「調子乗ってるからこんな事になるんだよ」
「泣いたんじゃない?ダサっ」
通りすぎる瞬間、二人が呟いた。
美由紀ちゃんがわざとらしく見せてきたスマホの画面には、昨日の私と三崎君が映っていた。
「自分だけ影でうまくいってるから私達の事笑ってたんだよ」
「最低。相談に乗るフリしてて見下してたんだ」
私は、そんな事思った事なんて一度もない。
二人の恋愛相談を乗るのは大好きだった。
好きな人に学校で話しかけたり、好きだって言ってる二人が羨ましかっただけなのに……。
私は、今日。
学校での居場所をなくした。
キーンコーンカーンコーン
現実にヒーローなんているわけがないので、助けてくれる人もいない。
無視されてるだけで、嫌がらせをされてないんだから大丈夫。
いつもは、三人で話しながら帰るのに今日は一人。
もう、三崎君と話せる事はない。
いつも鞄にいれてるイヤホンを取り出す。
「線がついてる方が何か好きなんだよ!だから、イヤホンならこっちがいいよ」
マルクを聞く為のイヤホンを買いたいって話した私に三崎君は線がついているのを進めてくれた。
「篠村、今帰り?」
「えっ、あっ」
「あのさ、雪から聞いたんだけど。俺、篠村が想ってるって知らなくて……だから、何かごめん」
「わかってる。もう話しかけないで大丈夫だから」
「篠村……」
三崎君にこれ以上の迷惑をかけたくなくて、私は走って帰る。
三崎君の口から「もう話せない」って言われたくない。
そんな言葉聞いたら立ち直れない。
生きていけない。
誰に無視されててもいい。
誰も友達がいなくてもいい。
ずっと、一人でもいいから……。
だから、お願い。
私から、三崎君と話す自由だけは奪わないでよ。
家に帰って、部屋に閉じ籠る。
昨日借りたマルクの新しいアルバムをコンポに入れて再生する。
「神様……お願いです。三崎君と私のこの日々だけは奪わないで下さい。一生一人でもいいから……。お願いします」
マルクのCDを聞きながら気づくと眠っていた。
「なな、うるさい」
「お母さん、ごめんなさい」
「これ、三崎君って子が渡しといてって」
お母さんから渡されたのは、私のお気に入りの小説。
三崎君に最後に貸してたやつだった。
これを受け取ったら、もう三崎君と話せなくなるって事じゃん。
「いらない。お母さんにあげる」
「えっ?お母さん、こんな小説読まないわよ。【雨に濡れた初恋】って面白いの?」
「さあね。読んでみたら」
「ななは、読んだんでしょ?教えてくれてもいいじゃい」
「あーー、もううるさい。私、お腹痛いから」
学校で嫌な事があったからってお母さんに当たるなんて最低。
お母さんは、ただ三崎君から小説を受け取っただけなのに……。
私が嫌だからってお母さんを困らせた。
【雨に濡れた初恋】は、主人公が大好きな人に振られるシーンから始まる。
大好きな人が彼女を振ったのは、自分といて幸せになれないんじゃないかって思っただけだったから……。最後は、誤解が溶けてハッピーエンドなんだけどね。
私は、ハッピーエンドじゃないけどね。
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