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そんな風に、生意気な後輩の相手で疲れ果てていたある日の放課後、珍しくその後輩、希美を巻くことができた。いつもはどこからともなくひょっこりと飛び出てきて心臓にも悪いから、良いことだ。
「久々にゆっくりできるんだし、今日は蓮斗のところにでも行こうかな」
蓮斗は僕の幼なじみで、歳が一つ上の先輩だ。彼は料理が得意だから、放課後はよく家庭科室で家庭科部の顧問の先生と料理をしている。ときどき昼休みも家庭科室にいる。今日もきっと、そこにいるに違いない。
「蓮斗の野菜炒め、うまいんだよなあ」
幼い頃から、ねだると蓮斗が作ってくれる野菜炒めの味を思い出しながら、頬を緩めて家庭科室へ向かう。
「あ、蓮斗──」
家庭科室の窓際に、夕日に照らされる蓮斗のかげを見つけ、駆け寄ろうとしたその時。会いたくなかった人もそこにいることに気がついた。
「あれは──もしかして、希美?」
希美は、窓を背にして蓮斗の前に立っている。逆光で表情はあまりよく見えないものの、ほんのりと頬を染めて俯いている様子だった。蓮斗も、耳を少し赤らめている。
それが窓から差し込む夕日のせいではないことは、誰が見ても明らかだった。
何をしているのかという言葉が頭を回る前に、電球に明かりがともるように、脳内で閃きが弾けた。
まさか、まさかまさかまさか。
「……こく、はく?」
希美が蓮斗に? もしかしたら逆で、蓮斗が希美に?
いや、それはないだろうと一人頭を振るが、不吉な予感は僕の周りを離れるどころか、逆にぐっとまとわりついてきた。
蓮斗には好きな人がいるのだ。そのことを幾らか前に本人から聞いた。「ふたつ年下の後輩でね、ツインテールが良く似合ってかわいい子なんだよ」と言っていたのだ。
そこまで考え、はたと思考を止める。大切なことを見落としているじゃないか。
希美はツインテールだ。
蓮斗の言う「好きな人」が希美であることは十分に考えられる。いや、でも待てよ。蓮斗の性格からして、希美は蓮斗のタイプではないはず。「人をいじめる人は好きでなはい」と言っていたし。
なら、希美が蓮斗に告白?
断じて認めたくなかったが、そう考えると今日、希美が僕の近くにいないことが説明できる。蓮斗に想いを伝えるためだ。
もしも蓮斗が希美に騙されていたのなら、これからとてつもなく大変になる。なんといっても、先輩である僕をバカにする生意気な人間だから。
たらりと汗が顎を滴り落ちた瞬間と同時に、ヒュッと、のど元で音が鳴ったのを感じた。
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