のろのろ先輩

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 希美の目の前まで行くと、希美は驚いたように目を見開く。 「の、のろのろ……先輩?」 「それで呼ぶなよ」  自分でも思っても見ないほどに低い声が、口から零れた。相当な迫力らしく、希美が「ヒッ……」っと声を漏らす。  じりじりと距離を縮めると、希美は窓辺ぎりぎりにまで追いやられた。 「慎吾、まだ俺と彼女との話は終わってないいよ」  僕の険悪な雰囲気を見かねてか、蓮斗が厳しい声を出す。 「んなこと関係ねぇんだよ」  一言吐き捨てる。この自分勝手な後輩を、優しい蓮斗が庇うのはわかる。だが、この際蓮斗とこいつの恋愛話は心底どうでもいい。蓮斗の安全とは、今はそれほど関係ないから。 「のろ……じゃなくて慎吾先輩! 私が好きなのは蓮斗先輩です。貴方じゃないんです!」  おや、こいつは一体なにを勘違いしているんだ? 僕は希美に対して恋愛感情はおろか、「大切な人」という思いすら感情に浮かんだことはない。  夕日が雲かなにかに隠れたのか、部屋の明度が少し落ちる。 「何言ってるんだお前」 「慎吾、口が悪いぞ」 「蓮斗」  ここまでのやりとりを見ているはずの蓮斗は、希美の根に潜む悪魔の存在にまだ気がついていないのか? 昔から鈍感だったといえど……。けれど、そんなところも蓮斗の愛すべきポイントである。 「蓮斗。蓮斗、希美を選ぶのか?」  一つ確認したかった。希美のものになるのではないと、否定してほしかった。  蓮斗を誰よりも知っているのは僕なんだ。生意気な希美なんかじゃない。この僕だ。希美よりも僕の方が、ずっと前から、それこそ幼稚園児の頃から蓮斗の近くにいる。  だからこそ、こいつを選んでほしくない。  蓮斗の方に向き直り、じっとその瞳の中に映る自分を見た。彼の瞳の中の僕も、唇を嚙んでいた。  蓮斗は、昔から変わらない、なんでも見通すような視線で僕をとらえて、 「うん、そうだよ」  それだけ、言った。
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