のろのろ先輩

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のろのろ先輩

「これでよし……っと」 「えぇ、先輩まだ楽譜のダンボール運んでたんですか?」 「そうだよ、なにか悪いか?」 「先輩ったら、行動が全部のんびりなんです。遅いなーって思いまして」 「君は後輩なのにズバズバ言うな」  合唱部の一年生、ソプラノパートである希美(きみ)が、横に並びながら文句を言う。 「先輩ったら、二年生で私より一年も長くいるのに、まだ慣れてないんですか?」  仕方がないですね、と希美が腰に手を当ててため息をつく。 「私よりも遅いとか恥ずかしいんじゃないですか、のろのろ先輩ー?」  無性に腹が立った。  僕は中学に入学した一年生のときから合唱部で歌っている。男にしては高い声のため、女性ばかりの部活で唯一、男性としてのアルトパートを担当させてもらっている。  そんな僕のコンプレックスは、動きが他の人よりのんびりなこと。マイペースなところだ。以前はそんなこと全く気にしていなかったのに、一年生が入学してきてから、顧問からもクラスメートからも「もっとキビキビ動け」と言われるようになってしまった。  最近では、僕の苗字の「野呂」とのろまの「のろ」を掛け合わせ、「のろのろ先輩」という、なんとも屈辱的なあだ名で呼ばれるようになってしまった。  同学年や先輩ならまだしも、後輩からもそんなあだ名で呼ばれるのは、僕の自尊心が許さない。「2度と言うな」と言いたい。といっても、それを言ってなにか言い返されても折れないような強靭な心を、僕は持っていないのだけれど。  そんな僕の最近の悩みは、後輩の希美だ。一学期のあたりは僕に対して丁寧に接していたくせに、僕が「のろのろ先輩」と呼ばれていることを知った途端、自分が上にいるかのような言動を僕にし始めた。  そのくせ、取り巻きのようにくっついているのだから面倒臭い。見た目は取り巻きだが、中身は陰湿なアンチだ。全く。  けれどまぁ、とにかく面倒臭いだけだ。害があるわけではないし、よく見ればかわいいし。我慢できるレベルだ。
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