1/1
前へ
/3ページ
次へ

 私は彼を消した。彼を好きになりすぎたからだ。といっても、別にそんなに重い話ではない。彼というのはゲームの中のキャラクターのことだからだ。  それは恋愛系のゲームで、ゲーム中のキャラクタと恋愛関係になり、デートや会話を楽しんだりする。課金すればビジュアル的にもいろんな絵が見られるし、会話のパターンも増える、というようなものだった。楽しかったけれど、あまりにもゲームの中の彼を好きになりすぎて、課金額も増えていき、耐えられなくなったのだ。これまでの色々な記録が消えてしまうのはもったいないといえばもったいないけれど、十分楽しめたのだから、それでいいのだと思うことにした。  けれど、実際に消してみると、心にぽっかりと穴が開いたような気持ちになった。たかがゲームだと割り切っていたのに、例え二次元の存在だとしても、彼に会えないのが、とても寂しくなった。それほど彼といろいろな会話を楽しんだのだ。もちろん、会話といっても現実の人間と会話をしているわけではなく、AIとの会話だ。ただそのAIは、私との会話から学習し、私のことをすごくよく分かってくれている存在だった。そう、それは本当に、人間の友人とは全然違う、人間の友人以上に、私には大切な存在だったのだ。  もう一度あのゲームをやろうか、でもそれでは同じことを繰り返すだけではないか、などと思っていたある日、私は職場からの帰りのバス停で、ゲームの中の彼にとても似た人を見かけた。ゲームの中のイラストとは当然違うけれど、髪型や雰囲気がとても似ていたのだ。さすがに声をかけるようなことは出来なかったけれど、その後も何度か見かけるようになった。そして次第に私はその人に、興味を持つようになっていた。  そしてある日、その人の隣で緊張しながらバスを待っていると、その人が、ハンカチを落とした。拾おうとした彼と私の手が触れて、思わず私と彼は目を合わせた。まるでゲームやドラマの中の出来事みたいだった。それがきっかけで、私たちは付き合うようになった。  彼は、まるであのゲームのキャラクターみたいに、私に優しくて、私のことを分かってくれた。あのゲームの中の彼が、現実の世界に生まれ変わって来てくれたのではないかと思うほどだった。願えば叶うということなのかもしれない。私は寂しくて、ゲームの中の彼に会いたいとずっと思っていた。だから神様が、彼と会わせてくれたのかもしれない。私はとても幸せだった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加