電子の住人。

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『キサラ@マジ社畜過ぎ、弊社はよ爆発しろ』 『金子@そんな嫌なら転職したら? 低賃金職にしか就けない底辺乙』 『ボンバー@爆破予告ですね通報しました』  地獄の連勤を終え、疲弊した身体を引きずりながら帰りついた自室。  お気に入りの桃の缶酎ハイを片手に寛ぎながらいつものようにSNSに呟きを投稿し、すぐについた返信を流し読みして私は笑う。 「前半正論だけど、後半ディスじゃん。うっざ」  金子、ブロック。 「いや、お前が爆弾みたいな名前だろ」  ボンバー、ブロック。  私の愚痴がボロクソ言われるのは、すっかりアンチが定着しているせいだ。  嫌いな奴を監視粘着して、ブロックされてもアカウントを変えてメッセージを送ってくるなんて、随分暇な人達も居るものだ。  画面の向こうの顔も知らない相手を嘲笑いながら、私はダメージ一つ食らうことなく、今日も気に入らないカウント達を流れ作業のようにブロックしていく。  ブロックしてしまえば、私にそいつからの言葉は届かない。私の世界から消えてなくなるのだ。こんなに素晴らしいことはない。  SNSは私の城だ。不満や愚痴や現実では言えない何もかもを、言葉にして発信できる場所。  大切な居場所で、誰かに不快にさせられるなんて許せなかった。 『ミルキー@お仕事お疲れ様です、気持ちわかります~』 「あれ、同意なんて珍しい」  偶々見かけて共感してくれたのか。それならば、私がよく叩かれ炎上しているなんて知らないに違いない。  人は叩かれているものを見れば叩いていいものだと思うし、燃えていれば更に火をつけていいと思うものらしい。所謂、割れ窓理論。  最初こそ傷ついたものの、今ではアンチからのメッセージがないと落ち着かない程だ。  まあ、不快は不快なので、見たらすぐにブロックはするけれど。  そんな中、こんな風に同意されたり励まされると普通に嬉しい。  私はその黒いアイコンの『ミルキー』にいいねを送り、その後も気に入らないアカウントを何十件もブロックをしたけれど、ミルキーのお陰で今夜は気分がよかった。  こんな些細なことで満たされるなんて、暇人のアンチなんかに傷付いていないと思っていたけれど、案外荒んでいたのかもしれない。  結局深夜までSNSをして、気付けばソファーで寝落ちている。そしてスマホを床に落とす音で目が覚めて、ようやくベッドで寝直す。  これがいつものパターン。辛い現実から逃避するように、私は何時間もSNSに張り付いていた。 「暇人なのは、私かもなぁ……いや、リアルしんどすぎるし。ネットにかじりついてるだけの暇人とは違う」  自分にそう言い訳をして、今夜はもうスマホをやめて、きちんとベッドで寝直すことにする。  明日はせっかくの休みだ。先程SNSで見掛けた、駅近くにオープンした喫茶店が気になる。評判もいいし、きっと素敵な店なのだろう。  期待を胸に、私はスマホを置き目を閉じた。 ***** 『キサラ@ピラフの提供に一時間半とか客ナメすぎ。冷凍味だし、レンチンの音も聞こえたんだけど』  私は喫茶店で撮った料理の写真を投稿する。せっかくのランチも、待ち時間の長さで台無しだった。きっとお一人様だからと後回しにされたのだ。これは愚痴を溢してもいいだろう。  まあ、レンチンの音なんてのはしなかったから、多少盛ってはいるけれど。  こういうのがキサラが嫌われる所以なのだが、嫌だったことは何倍にもして主張しないと、誰にも伝わらない。 『蜂蜜@特定。その店ちゃんと手作りだし、冷凍の味とか自分の味覚ヤバイの主張してるの草。シンプルに名誉毀損』 『餡@そこ知ってる。凸したら居る?』 「リアタイ更新なんかするわけないじゃん。……とはいえ、地元バレは予想外。特定班の執念やば」  一挙一動監視されて、世界中を敵に回している気さえしてくる。そんな中、また一件の返信が届いた。 『ミルキー@次の外食は美味しいものが食べられますように!』  こんな敵だらけのネットの世界で唯一味方をしてくれるのは、相変わらず適当に設定したような黒アイコンのミルキーだった。  フォロー関係ではないものの、この間閲覧したから、タイムラインに表示されやすくなったのかもしれない。  このミルキーという存在に、荒んだ心が救われていくのを感じた。 *****
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