あなたを消した理由

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 「──以上が今回の選抜メンバーである。人類の存続をかけた重要な使命をになう君たちには期待している。大変だろうが頑張って欲しい。これにて解散!」  地下シェルターの大講堂には多くの宇宙飛行士が並び、そこから選ばれて壇上に上がった選抜メンバー達は任務の重責に緊張しているようだった。  隊長の解散の合図とともに講堂から多くの飛行士達が出て行く中、一人の男性が隊長に詰め寄ってくる。 「隊長、話が違うじゃないですか! 俺こそが選抜メンバーのリーダーにふさわしいって言ってたのに、なぜ今回の選抜リストから外されたんですか?」 「スマン。今回のメンバー選定ではワシはお前を強く推していたし、当初の選抜リストには確かに入っていたんだ。しかし、どういう理由かわからんが上層部から強力な圧力がかかって、最終決定時にはオマエは選抜リストから消されていた。逆にワシの方が聞きたいぐらいだ。オマエ、上層部を怒らせるような何をしたんだ?」  隊長は、その男性に向かって申し訳なさそうに答える。男は、隊長の言葉に何かを思い当たったのか、隊長の話が終わる前に顔色を変え慌てて講堂から出て行った。  * * * 「Mちゃん。まさかと思うけど。第三次地球脱出船団、護衛宇宙船選抜メンバーのリストから俺の名前を消したのは君の差しがねかい?」 「まさかじゃないわよ。当然の行動でしょ? 恋人の私を捨てて、たどり着いても無事に生活できるか分からないような惑星系への、片道飛行の脱出船団を護衛する宇宙船なんかに乗るなんて非常識よ!」  大規模な気候変動で地球上に住めなくなった人類は、地下深くのシェルター生活を長い間強いられてきた。しかし、出口のない生活に不満が爆発するのを恐れた政府は、人類が住めそうな惑星を探し出しては、そこに開拓者として民衆を送り出す『地球脱出船団計画』を立ち上げた。  そして、その大規模な船団を安全に目的の惑星に送り届けるべく、選抜された優秀な宇宙飛行士の乗った護衛宇宙船も片道飛行の旅に付き添っていく。 「人類のためには大事な仕事じゃないか。俺は君のこと大好きだけど、人類のためには心を鬼にしてこの任務を全うしようとしてるんだぞ!」 「何言ってんの、バカじゃない? こんなの為政者のたわごとなのよ。その証拠に上層部のメンバーは誰一人として脱出船団に乗ってないわよ」  地下シェルターの一番最下層、ショッピングモールの端の方にひっそりとある、コーヒーショップの奥の席で、男と女はキスできるぐらい顔を近づけて、話の内容が客にきかれないよう声を殺して会話していた。 「上層部の本命は、地球の気候変動が収まるまでコールドスリープで生き延びる、ことよ。私たち科学アカデミーの中枢メンバーにはその研究開発依頼が来てるの」 「え? じゃあ、外宇宙への移民開拓計画は民衆への目くらましなのか」 「うん、そうね。そうなの。だから、そんなことで大好きなあなたの命を使ってほしくないの。──ねえ、私について来て」  女性は、思いつめたように男性をじっと見つめてから、ふと立ち上がると、コーヒーショップのさらに奥に進む。そして、そこにある立ち入り禁止のふだがかけてあるトビラを無造作にあける。  * * * 「コールドスリープの計画もまだ準備中で冷凍睡眠の技術も検証中なのよ。上層部のやつら、私たちの技術開発が予定通りに進んでないので焦ってるのね。だから、開発グループの中心である私を研究に集中させるために、あなたを地球から追い出そうとしたんだわ。宇宙船選抜メンバーという名目の、死刑執行リストにあなたの名前を見つけた時は、もうホント驚いたんだから」  トビラの向こうの秘密通路を歩きながら、女性は男性に寄り添うように彼の腕にしがみつく。そして、天井を見上げながらため息をつく。 「あのリストはほぼ確定していたんだけど、私が持てる全てのコネを使って、強引にあなたを消したの。だって私の願いはたったひとつですもの。人類の存亡や上層部の利害関係なんか関係ないわ。あなたのお嫁さんになって、毎朝ほっぺにキスして、あなたを起してから、二人で朝ご飯を食べる、それだけだもの。その望みが叶わない世界なんか、もうイヤぁー!」  彼らが通って来た通路の終点には、頑丈にロックされたいかにも特別な実験室に通じるような扉が現れた。 「この部屋には、君が上層部に隠れて研究していた秘密の成果が眠っているのか。もしかしてタイムマシンとか次元転送マシンとか、コールドスリープ以上のスーパーテクノロジーかい?」  期待に胸を膨らませて、彼がゴクリと唾を飲み込む音が通路に反響する。 「違うわよ。あなたこの小説の『ジャンル』見てないの? SFじゃなくてコメディになってるでしょう……」  彼女はハニカミながら、少し複雑な顔をして、生体認証を使って頑丈にロックされていた扉をゆっくりとあける。  * * *  その扉の向こうには、前近代的な古いレンガ造りの大きな空間が広がっており、照明はローソクだけだった。そして、その床一面には大きくて複雑な文様が描かれていた。 「てへへ」  彼女は恥ずかしそうに舌をだす。それから、床に描かれた魔法陣の中に向かってゆっくりと歩き出す。 「時間が無かったから、最新のテクノロジーなんかに頼ってられなかったの。もう、なりふり構わず調べ回ったわよ。これが、古今東西の文献をあさって行き着いた、究極のテクノロジーよ。そう、異世界へ転生する魔法陣ね。これで、私たち二人だけ異世界で幸せに暮らすのよ、マイ・ダーリン『ハートマーク』」  彼女に促されるように、彼も魔法陣の中にはいっていく。すると、魔法陣はぼんやりと光り輝きはじて、抱き合っている二人をゆっくりと包み込んでいった。 (了)
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