117人が本棚に入れています
本棚に追加
第三幕~完~
ここはどこだろう?
見慣れない白い天井をぼんやりと見上げる。欠伸を一つ。
「おはよう楢本くん」
「……紀藤さん?!」
コーヒーを持った紀藤さんが、ベッドに腰かけてきた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……?」
カップを受け取る。香ばしい香りがした。一口飲むと、甘さがじんわり染みわたる。
「疲れてるから甘めにしておいたけど、大丈夫?甘すぎたかな?」
「結構甘めだけど、美味しいです」
「良かった。私が甘党だから、楢本くんには甘すぎないか心配だったんだ」
ほっとした様子の紀藤さんに、こっちまでほっとする。本当に部下の事を考えてくれる優しい上司だ。
半分くらい飲み、カップを置こうと腕を伸ばす。
「――んが?!」
腰の痛みでオッサンの声が出た。
出来る上司と穏やかな時間を過ごしている場合じゃない。昨日の出来事が走馬灯のように脳内を駆け巡る。
「大丈夫?」
「いや、あの、玲央さんと穂高くんは?」
二人がいたはずなのに、いない。これはどういう事だろうか。
「あの二人なら、別の部屋を取ってあげたよ。一緒に泊るって聞かなかったんだけど、この部屋定員二名だからね」
「は、はあ……」
「あ、本当は部屋取ってても行き来はよろしくないんだよ。ちゃんと規則は守らなきゃいけないからね」
怪しい薬は飲ませて良いのに、ホテルのルールは守るのかと不思議な気持ちになりながら頷いた。
「あっちもダブル取ってたんだけど、ごねてツインに変えられちゃった」
「あー、その光景はなんとなく目に浮かびます」
部屋がダブルだと聞いた二人狼狽えぶりは、ちょっと見てみたかったな。
「いやあ、それにしても昨夜はとても勉強になったよ。次作の構想が出来た」
「それは楽しみですね!」
「四人の男が出てくる、オムニバス形式の話を考えているんだ。派手髪で今風のイケメンと、瞳の色が明るいチャラ男、年上の子持ち男性、そして黒髪の美人」
「へえ……どういうカップリングですか?」
敬愛する亀頭なめたろう先生の構想が聞けるだなんて、幸せ過ぎる。もっと詳しく聞きたくてたまらない。
「そうだね、イケメンとチャラ男と子持ちがそれぞれ黒髪美人を狙うんだけど、旅行でホテルに泊る時にダブルを二部屋取ってしまうんだ。その部屋割りが――イケメンとチャラ男、子持ちと美人になったら良いかなと思うんだけど、どうかな?」
「わあ、良いですねえそれ!」
答えながら、なんとなく既視感を感じる設定が引っかかる。
「でも4pや3pの描写を入れたいんだよね。昨日の楢本くんが魅力的だったから」
「魅力的?」
褒められてはいるが、昨夜の痴態を思い出して恥ずかしさが勝った。
「うん。私も本気で君を落とそうかなって」
「――え?」
「良い声で鳴いてたからね。今度は、私の下で鳴かせたくなったんだ。――どう?今から一緒にシャワーに……」
寝起きのくせっ毛が色っぽい紀藤さんに優しく頭を撫でられる。つい、イエスと言いそうな雰囲気。
と、
部屋のベルが鳴った。
同時にドンドンとノック音が響く。
「まあ、まだまだ時間はあるから」
ため息をつきながら紀藤さんが入室を許可すると、二人が早足で入って来た。
「渚さん!体は大丈夫ですか?間宮さんが無理させるからですよね」
「渚くん!昨日はつかれさせてごめんね、コイツが馬鹿な事するから」
「いや、間宮さんが俺の前でいちゃいちゃ始めるからじゃないですか!」
「玲央くんが二本差しなんてするからでしょ!?」
俺を挟んで口論する二人の様子を一歩離れた所から紀藤さんが微笑んでみている。俺と目が合うと、意味深なウインクが飛んできて、心臓がどきりとした。
イケメンに囲まれる賑やかな俺の日々は、もう少し続きそうだ。
余談だが、鬼頭なめたろう先生の新作・四ツ巴カルテットは、その生生しい描写から大ヒット作品となった。
更に余談だが、イケメンとチャラ男のカップリングがネットで人気が出て、玲央さんと穂高くんは不服そうだった。
最初のコメントを投稿しよう!