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002 婚礼行列
第八王子との婚姻の準備は、そこから急速に進んだ。というのも、もともと、第八王子は皇帝が言ったとおりで、婿入りが決まっていたと言うことで、手続きを進めているところだったらしい。しかも、国内の商家の未亡人の婿にということだ。未亡人の年齢は、八十七歳。相続権を持たない婚姻で、王家とのつながりだけを求めた商家が、金を積んで成立させたものということで、その倍額を違約金としてアーセールが負担した。
ピヒラヴァという商家だが、『死の商人』として有名な武器商だった。
まるで売られるような婚姻に、アーセールは心底腹が立って、手切れ金代わりにくれてやるというつもりだったが、そのあとで、少し、自分に嫌悪感が募った。
(金を積んで、第八王子を自分の好きなようにしようとしているのは、俺も一緒じゃないのか……?)
第八王子とは、あの謁見の間でのやりとりの後、何度か会っている。けれど、彼は、アーセールに対して一言も発しなかった。第八王子が賜っているのは、王宮の一角にある小さな建屋の一角で、手入れも行き届いていなければ、調度品も揃っていない。衣装は多少あるようだったが、アーセールが訪ねていったときは謁見の間での衣装と同じものだったので、おそらくは一張羅だった。
普段使いの衣装をいくつか最速で作らせて、届け、身の回り品についても、用意した。持参品があるということを皇帝は言ったが、おそらく、大したものは持たせないだろう。
ともあれ、なんとか第八王子を迎える支度だけは調えることが出来、アーセールは自邸に彼を迎えることとなった。
輿入れ、というのも妙な話だが、王宮からは立派な輿が仕立てられることになった。
「第八王子殿下がただいまより御出立なされます。アーセール卿におれましては、お迎えの御支度を」
輿の前に、先触れの勅使が仕立てられた時には、さすがに、やり過ぎではないかと思ったアーセールではあったが、王族を伴侶として迎えるのだから、当然の格式で送り出されただけだろう。
恭しく跪いてアーセールはそれを受ける。
この婚儀に先立って、アーセールは将軍職を辞した。今は領地も持たない身分であり、爵位などは実家の父親が健在であるため、身分上、なにもない。ただ、特別な勲章があり、身分だけは貴族であるので、卿、とだけ呼ばれる。
第二王女の件で、上司である元帥閣下には多大なる迷惑を掛けたため、もはや、職を辞すほか道はなかった。
周囲には「新婚ですので、ゆっくりと伴侶と過ごしたい」とだけ言って呆れさせたが、その方が、第二王女の名誉の為には良かっただろう。
「……第八王子殿下の花嫁行列は、騎馬隊と騎士、それに従者を伴ったもので総勢、三百人の行列だそうですよ」
勅使がぽつり、と呟くのを聞いたアーセールは「三百人!?」と聞き返していた。
「そのような、華々しい行列で……」
「現在は、ルスティア国の王妃であられる第一王女殿下がルスティア国に嫁される際と匹敵致します。それほどの格式であります」
国同士の婚姻と同程度の格式、と言う言葉に、アーセールは冷や汗が出る。結婚の披露は、後ほど行うことにして良かった。花嫁行列に相応な宴を催さなければ、第八王子の名誉に関わることだ。
「……これは皇帝陛下の思し召しでしょうか」
「さあ、わたくしには、解りかねます」
どこに、どのような思惑が潜んでいるのか、まったく見当が付かない。第八王子とは、あれから一度も言葉を交わしていない。それで、上手く、これからやっていくことが出来るのだろうか。そういう不安もある。
「……ただ、これはわたくしの、身勝手な言葉になりますが」と勅使はアーセールを見ようともせずに続けた。「あの方は、ご兄弟のどなたにも疎まれまして、後ろ盾らしい後ろ盾もおられませんでしたので、王宮では辛い思いもなさったことでしょう。ですから、どうぞ、あの方を、大切にしてくださいませ」
「あなたは、あの方のことを、良く知っているのですか?」
「……じつは、失敗したのを何度か庇って頂きました。私の他にも、様々なものたちが、あの方のご恩を受けております。ものを壊してしまっただとか、花を枯らしてしまっただとか、そういうことで我々は、たやすく手首を切り落とされます。それを、あの方は庇ってくださいました。お優しい方ですので、どうぞ」
そう言ってから、勅使は、「差し出がましいことを申し上げました」と、非礼を詫びた。
「いや、教えてくださってありがとう。私も、あの方に、心を救われた身なので、あの方を、大切にします。この世の何よりも」
「その言葉をうかがうことが出来まして、安堵致しました」
世の中には、鞭で打ったり、虐げるために『伴侶』を求めることもございますので、と言う言葉を聞いて、ぞっとすると共に、少々、引っかかった。
(つまり、戦好きな私は……そういう蛮行を好む、異常者と思うものもいると言うことか)
第八王子も、そう思っているのだろうか。
それならば、一度も口を開いてくれなかったのも、納得がいくような気がした。
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