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「そんなとこで弾いてんじゃねーよ、近所迷惑な奴だなまったく」
突然やって来た秋葉はドアを開けると、勝手知ったる他人の家でまさに勝手に雑誌や資料をどかして座り込み、右手で一升瓶みたいにギターのネックを握って俺に向けた。
「いじけた詩人ほど厄介な奴はいないからな。様子を見に来たんだよ。
さあ冬木、めでたく仕事が決まったんだ、ギターで乾杯しようぜ」
「誰がいじけた詩人だよ失礼な。
だけど乾杯は悪くないな。せっかく来てくれたんだし」
「おう、ギターは酒なんかよりずっと気持ちよく酔えるからな。ヤバイよな」
「それは俺も身を持って知ってるよ」
にやりと笑って、秋葉は俺の知らない曲を弾き始める。新曲だ。
なんだよ、こういう時は俺達が最初に作った曲をやるのがセオリーじゃないのかよ。
「こんな場所で初披露?」
「四畳半の部屋にギターはよく合うんだよ」
ああ、これは春の曲だ。
まだ少し寒い、だけど草花に力が満ちて来て、冬眠していた動物達も外の光に背伸びを始める、春の曲。
「冬木、もう覚えたろ?」
「まあだいたい」
そして俺達は黙ってギターをかき鳴らし、弦の響きに酔った。
散らかったままの俺の部屋を音符が照らし、フレーズが咲く予感が流れる。
今、ここに春が来た。
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