安っちい天国

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 それで、僕は歩き始めた。すっかり死に切った雪の上を。  不器用に、どころかご機嫌なダンスだって出来やしないんだ。案外難しいことを彼女はやっていたんだな。だから僕がするのは不機嫌なダンスってわけで、そりゃもうみっともないんだ。右に左に、雪に足を取られてさ。  でも真っ直ぐ歩くよ。線路に辿り着くまではね。それからは、もういくら寄り道したって、もちろんキャンディの店に寄ったって、誰も怒りやしないのさ。  ふと振り返った先に、彼女はもういなかった。あるのは雪と、それからもう小さくなった恨めしそうな信号機。なんだよ、大したことないね。彼女の言う通り、分かるようになった頃には全然辛くもなんともないもんだ。  それから僕は不機嫌に、出来るだけ不機嫌に踊りながら歩いたんだ。急ぐのはなんだかちょっと苦手だから、ゆっくりだけどね。  いつの間にかもう零れることもなくなった彼女の温度は、ずっと僕の中で溶けないまま、綺麗なまま残っていて、そこが僕の天国だ。線路に辿り着くまでの、安っちい天国。  雪の道は続いていた。信号もまだまだあった。線路に辿り着くのはまだまだ先に思えた。僕は歩いた。僕は彼女と歩いたんだ。
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