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丑崎 なつりという彼女は。
◇◇◇
彼女、丑崎 なつりは未だに探知能力だけは、格下の厄除師に比べたら〈人並み以下〉だった。
基本、十二支(厄除師達)は個々の探知能力で目的地に辿りついている。
仕事でも必要な能力であり、自分自身を守る為だからだ。これから依頼を頼むのに、厄物処理は人並み以上の能力は最低限である。
考えれば考えるほど丑崎の気持ちが沈んでいき、より深く顔を伏せてしまった。
「ん?あんた、十二支関係の人?」
先程の路地裏の出入り口側からの突然の声。
彼女の心臓はぐんッ、と跳ね上がり反射的に左上へ顔を上がった。
一瞬で、この場の空気が変わり緊張感が鋭く走る。
殆どの場合……、何かしらの【視線】、周りに対して何となく後ろに誰かいる【感覚】という第六感というモノを人間は無意識に働く。
それに……今の丑崎は、裏道の入り口から少し離れた場所にいた。
他人の声達が届かない落ち着いた静かな空間。歩く度にアスファルトと靴底が擦れる音が響く無音な一本道。
この路地裏にいる目の前の人物に、彼女は声をかけられるまで、全く気づかなかったし、気配すらも無かったからだ。
彼女は、確かに探知能力は格下の厄除師より低い。だが、全く気配を探れない訳では無い。
丑崎が徐々に呼吸を浅くし、同時に警戒も濃くなりつつの状況の中。
左目を前髪で隠されている艶やかな紺色に近い黒髪の青年は、此方をジッと見据えるように静かに立っていた。
細身のしなやかな体型の割に半袖から出ている二の腕は、程良く鍛えられた筋肉が見える。
加えて、不思議な雰囲気と人畜無害そうで静かな雰囲気を持つ男性。一瞬、魅入ってしまい無意識に瞳孔が開く。
そして、お互いの視線がぶつかり絡みついた刹那、彼女の脳の中心部に甘い感覚が広がる中。
心臓もガッシリ、と重めに鷲掴みされた。
視界からの情報が、ジリジリと濃く焼きつくようにダウンロードされている。
その場の時が、止まった。
ーー正確には、丑崎の時間の流れだけが止まったのだ。
無意識に呼吸が止まり、頬に熱が集まる感覚。心拍数も上がるだけではなく、音量も大きくなる。
「……ねぇ、聞こえてる?」
青年は更に近づき丑崎と同じ目線になろうとヤンキー座りをし、首を少し傾けて再度聞いてくる。
「はぇッ!?え……っと、ごめんなさい。見惚れて聞いてませんでした!!
あ、あの……あの」
耳が妊娠しそうなハスキーボイスで自身の心臓が更に深く貫かれてしまう。思わず、答えではない返答をしてしまった。
あまりにも初めての感情すぎて脳が溶ろけてしまいそうな感覚が全身に広がる。
「ふーん?……見惚れたって何にかは知らないけど………無関係なら悪かったな。それじゃ」
先程と変わらずの死んだ魚の目をしている彼。やる気のなさが分かりやすく出ている焦茶よりの薄い琥珀色の瞳の色は原石のよう。
世の中の女性陣からしてみたら〈色気〉の塊である彼。
青年は無関心に言いながら、ヤンキー座りから直立姿勢になろうと立ち上がる。
立ち去ろうとする青年の様子に、丑崎は更に焦った。
「あ……、あのッ!」
「………………何?俺、急いでんだけど」
「わ…私、十二支関係者です。『丑』です。“ 丑崎 なつり”です。あの、助けてくださいッッ!!」
口下手な自分自身が早口で大声で話せた事に驚いてしまった。普段しない自身の言動に思わず、口元を咄嗟に手で押さえる。
「ご……ごめんなさい、大きい声を……出して……しまって」
恥ずかしさで、〈穴が入ったら入りたい〉と言うのはこの事だろう。
今は別の意味で、心拍数が速くなり、頬に集中されている熱さを感じながら目を逸らしてしまう。
腰まで長い濃紫色がかったストレートの黒髪と形の良い巨乳が反動で揺れる。
性格が出ている気弱そうな垂れ目の彼女。青紫色の瞳が潤み、涙一粒が青白い肌に流れる。
その涙は、首につけられているチョーカーの飾りである〈カウベル〉に落ちた。
細身の身体で彼の服の裾を控えめながら必死に華奢な指で掴む今。
立ち去ろうとした青年は、咄嗟に足を止めゆっくりと振り返った。
「あー、そうなんだぁ。じゃ、大丈夫だな」
「…………え?あの??」
「うん。俺 “ 神龍時 嵐 ”、 よろしく!
今からさ【公主さま】ってヤロウの処へ行くけど、一緒に行く?」
今だに座り込んでる丑崎に対して、悪戯っ子のような笑顔で手を伸ばす嵐。
その姿に、丑崎 なつりの脳内でウェディングベルが軽快に鳴ったのはここだけの話し。
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