丑崎なつりという彼女は②

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丑崎なつりという彼女は②

◇◇◇ (恥ずかしい……!なんて無様なんだろう。 すぐ近くに目的地があったのに気づかなかった……)  この時の丑崎は、自分の実力の低さに酷く痛感していた。  幼馴染の羊谷 耀と猿堂 陽介から厄除師の能力、基礎中の基礎である探知能力である〈()〉。  その特訓に付き合ってもらい、やっと表向きとしてできるようになった彼女。そう、〈表向き〉としてだ。  厄除師見習い試験では、偶然にも合格できたなつりだが、実際は成功確率が不安定のまま。  厄除師本家である十二支には、それぞれ〈個〉の能力がある。  例えば羊の本家、羊谷家は植物。猿の本家である、猿堂家は雷。  そして丑の本家である、丑崎は【砂】になる。  このように本家で生まれた者は、先祖から受け継がれ、約三歳〜五歳で能力を発揮する者が多い。といっても、生まれた全員が受け継がれるという訳では無い。  継承される率は時代が流れるに連れ、昔より減少しているのが現状である。  最近は、分家から優秀な者を本家に移籍させ、訓練させている者もいる。  そして、ーー例外も〈一部存在〉する。    話しは戻すが彼女、丑崎なつりは運良くか悪くか先祖からの継承(ギフト)を貰い、砂の能力を三歳にて発揮する事ができた。  その時の、彼女は庭の砂を宙へ軽やかに舞わせたり、小動物の形を砂で実物と同様に作り動かした。それを知った両親は〈次期当主の誕生〉だと、喜びで暫く賑わいが絶えなかった。ある時、縁側で彼女が日向ぼっこしている中、丑崎の母が近づき彼女の両手を取り優しく握る。 「良い?なつり。この間、なつりが、お砂で一生懸命動物さん達を作ったりしたでしょ?アレは、お外ではやっちゃダメだからね」 「なんで、やっちゃダメなの?」 「うーん、そうねぇ……。皆んな、怖がっちゃうから……かな?皆んなが怖がっちゃったら、なつりも嫌でしょう?」  困ったような笑顔で話す母親の言葉に、子供ながら察し首を縦にふる。  それから、元々引っ込み思案な性格が加速し、自分から他人の輪に入っていく事ができない娘にできあがる。自己主張ができないままの幼少期を送る事になった。そんな娘の様子に丑崎の母は、外部で〈能力〉を出していない事に安堵している中。  悪夢はここから発展するとは、誰も思ってもいなかった。 ーーーーー  彼女が齢四つの時。桜が葉桜に変わり始めた頃。  幼稚園でいつものように一人でブランコに乗りながら、ーーじっと、ある一点を見つめていた。  その先は、同性の同い年の子がグループで花の冠を作って楽しんでいる姿。それを羨ましく見つめるのが、丑崎なつりの日課である。  声をかけたい、皆んなと話したい。でも自分からグループに入るのが怖い。  その答えを出すと、顔を俯かせて存在を消すように息を殺す。  これも、彼女のルーティン化している一部。 「ーーねぇ!いっしょに、シロツメクサのかんむりをつくらない?」  突然の声に、顔を上げるとグループにいた女の子が目の前で立っていた。 「ねぇ、いつもブランコにのってるね。あたしもブランコ、すきなの! でも ひとりより、みんなといっしょがたのしいよ」  少し癖っ毛のある女の子は、とても活発な性格だと分かるくらい日焼けしており陽気な笑みを浮かべる。  自分とは別の世界の人と思ってしまう程の眩しい相手に、なつりは戸惑った。 今まで、声をかけられた事が無かった日々を送っていた彼女にとって新鮮で未知の体験である。一緒に遊びたいと言いたいが、性格が災いしたのか言葉が、喉から出ない。  口の中をモゴモゴし沈黙しているなつりに、待てなかったのか相手は彼女の手を取り、勢いよく走り出した。  突然の行動に、ついていけず転びそうになったなつり。それでも、走り続ける相手に必死についていこうと足に力を入れる。  数分後、相手の足が止まった。  それに合わせてなつりの駆け足も徐々に緩める。普段から走らない彼女は、息切れ切れ状態。無意識に顔を俯かせ、呼吸を浅くしながらも空気を必死に肺に取り入れる。 「……そのこ、だぁれ?」  グループ内に到着したのだと、なつりは察した。今度は別の意味で、呼吸が浅くなる。 ーー緊張が走る中、喉が震える。 「ん?このこはブランコで、ひとりであそんでいたからつれてきたの」 「ふーん。おなまえ、なんていうの?」 「わかんなーい。えへへ」 「えー?なまえ、しらないの?じゃあ、そのこに、きくからいーよ! ねぇ!おなまえ、なんていうの?」  先程自身が羨ましくて見つめていたグループにいた全員が、なつりを一斉に見た。品定めされているかのような視線達。彼女は精神的に身震いし、足が小さく震える。    「あ……わ、わたしは【うしさき なつり】……です」  今でもこの世から消えそうな、か細い沈殿した声。彼女は、逃げ出したくて仕方なかった。涙が出そうになっている瞳に、先程より顔を俯かせる。   「ーーじゃあ、〈なっちゃん〉だね」  予想外の一言に、なつりは咄嗟に顔を上げる。 「きょうから〈なっちゃん〉ってよぶね! いまから、おひめさまのかんむりをみんなでつくるの。いっしょにつくろ!ね? あたし、まほっていうの!よろしくね!!」 「なっちゃん、みんなであつめた〈おはな〉でいっしょにつくろ!わたしね、ゆきっていうだぁ!!」 「みんな!きょうから、なっちゃんもいっしょにつくるからねー!さっきは、てをひっぱってごめんね。 あたいは、ゆつきっていうだ。よろしく!!」    初めて、〈友達〉ができた瞬間だった。  最初は、どう接したら分からなかったなつりは戸惑いながらも楽しく過ごした。  そんな彼女。日常から得た初めての経験が、新鮮で毎日幼稚園に行くのが楽しみで、楽しみで仕方なかった。  嬉しくて〈母親との約束〉を忘れてしまう程に。  そして、半年くらいたったある日。  ーー最悪な出来事が起こった。  冬へ片足入る手前の秋の午後。  その日は柔らかな太陽の日差しの中、砂遊び場でいつものようにグループの輪の中で遊んでいた時の事だった。 「ねぇ!みてみて!!わたしのつくった〈うさぎさん〉、かわいいでしょ」  グループ内でリーダー的存在の〈まほ〉が、自身が作った砂人形を掌に乗せ、なつりに嬉々としながら見せてくる。半年経って、人付き合いに慣れてきた彼女は、〈自分を表現〉するようになっていた。 「わぁっ!かわいいね〜。あかちゃんうさぎなの?まほちゃん」 「そうなの!よくわかったね、なっちゃん。すごいでしょ!?」 「うん!すごくかわいいね」 「でもね〜。コレでうごかせたら、もっといいのに」  最後は残念そうに話す相手に、なつりは考えた。砂で作った兎を動かせれば喜んでくれると思った彼女。咄嗟に、まほの手を握る。 「……じゃあ、わたしやってあげる!!」  まほが持っている砂の兎に、なつりは手を翳す。  そして、数ヶ月前までの孤独時代に独学で作り上げた自分の〈能力〉を注ぎ込むように集中した。なつりの掌から薄紫色の粒子が出て作り物の兎に溶け込む。少しずつ溶け込まれた粒子が兎の表面をコーティングするように淡く光りだした刹那、ーピョンッ!と動き出した。瞳を瞬きをし、耳を周囲を確認するように細々と動かす。  まるで、本物のような精密な動きになった砂の兎。目の前のなつりを母親のように甘える。  成功した事に嬉しくなったなつりは、まほが喜ぶだろうと兎を渡そうと満面の笑みで振り向く。 「━━━なに、それ。きもちわるい」  空気が変わった。  なつりの呼吸が死んだ、一時。  今。目の前の相手は、こちらへ嫌悪感を剥き出しに向けている。先程まで、仲間として友達としての暖かな眼差しを向けていた彼女は、そこにいなかった。  拒絶した目。━━見えない壁が一瞬で出来上がる。  ここでなつりは、自分がとんでもない事をした、と察した。  ふと母親との約束の記憶を思い出しても、後の祭りである。そんな後悔の沼にハマった彼女に世の中は残酷なのか、拒絶の槍で刺してくる。 「……バケモノ。せ……せんせー!みんなぁ━━!ようかいが、ここにいるよ━━!!」  頭の中でパニックが起き、どう対処したら良いか分からない彼女。そんな相手に見向きもせず、恐怖一色の表情で慌てて離れた所にいる集団へ向かって走り出す、まほ。  その様子に気がついた、なつりは焦った。だが、どうする事もできない自分により焦燥に駆られる。その間に、逃げ出したまほとの距離が時間と共に広がっていく。  「……まっ……て!まほちゃ……。わたし、バケモノじゃない……」  やっと出た、必死な声。だが、震えた声色は届かず空気に溶け込んで消える。涙が一筋、声が掠れていき喉に、ーツンッ……とした痛みが広がっていく中。それでも、まほとの距離が縮まらず見えない溝が深くなっていく。  なつりの感情の影響なのか、活発だった砂の兎に皹が入る。精密な動きが、機械じかけの人形のように鈍くなった。 「……まって、おねが……」  徐々に涙が溢れ、滝が流れるように止まらない。海の底に落とされたような深い悲しみ。目の前が黒一色に塗り潰され、彼女に重く、重く、精神面を押し潰す。  あの時みたいに、遠くから見るだけの景色はヤダ。  仲良くなった皆んなから拒絶される恐怖は、辛い。  これからも、みんなといっしょにいたい。 (もう、一人はヤダ!━━独りはヤダ!!) 「━━━まって!おいていかないでッ!!ひとりにしないでッッ!!!」  ボシュッッ━━……ン!  その瞬間、━━崩れた。  なつりの手の中で収まっていた砂で作られた兎は原型が壊れ、干からびた砂粒になった。砂粒は、彼女の指の間を通り抜け砂時計のように無情に落ちていく。  それだけだけは無かった。この場の地面に波紋が生まれる。そして、大きく縦に揺れた。海の小波のような揺れが舞う。  だがこの異常事態は、コレで終わりでは無かった。    
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