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小波化された砂達は、徐々に【ナニカ】に具現化されていく。
一秒ごとに、滑らかな形になり、鱗が生まれる。
その姿は、魚。ーーピラニアである。
それは、一匹だけではない。三匹、五匹、……十三匹の魚たちが生まれ、後ろ姿のまほを砂の波に乗って追いかける。
一方、前方しか見ていないまほは、気づかずのままだ。
そんな相手に。魚たちは尾で波を蹴り、宙に舞う。そして、上から標的に食らいつこうと口を開け、鋭い歯並びの牙で噛みつこうとミサイルの如く落下した。
だが、狙いが外れ相手の服の裾を食いちぎってしまう。
ここで、やっと自分の最悪な状況に気がついた、まほ。
自身の食いちぎられた、制服の一部を見て震えが出て足が竦みそうになる。
(ここで止まったら、さかなのバケモノにたべられてしまう ━━━)
子供ながら察した、彼女。
予想外の恐怖に逃れようと必死に腕を振り、足に鞭を打つように、更に力を入れる。
「はッ……、はッ……」と息が切れ、肺に酸素を入れるのに困難な状況下の中。
今を、生き延びる!この現状のまほにとって頭の中で、この言葉だけがいっぱいいっぱいだった。
そのおかげか。先ほどより、砂魚から逃れることができる距離までできた今。目視した彼女は、安堵しつつ助けを求めに更に前へ進んでいった。
◇◇◇
距離が生まれ、このままのスピードだと目的達成できない察した砂魚たちは考えた。
━━━ドウシタラ、ナツリ ノ為二 口封ジ デキルノカ、と。
そして、最先端で追いかけていた一匹が、砂の小波に潜る。それに続けて、後ろから追いかけていた砂魚たちも同じようにダイブするように潜った。波紋が広がり、静けさが広がる。
それは、何事もなかったような穏やかな空気。
いつもの園の遊具場所の風景の一部。先程まで少女が魚に追いかけられたのが幻だったのかと思うくらいにだ。
沈黙の三分後。それは、新たに誕生した。
砂から生まれた白魚のように滑らかな人間の、━━手。
天を掴もうと徐々に、徐々に、腕を伸ばす。そして、先程のピラニアの顔の先端部分が現れた。
だがソレは、更に進化する。
魚の頭部の部分が金髪のストレートロングヘアーに変わり、無機質な魚顔がググっ……と音を立て、尖端を作る。同時に砂は落ち新たな顔ができあがっていく。
それは、西洋人特有の掘りの深い鼻筋のようだった。
共に陶器のような卵肌の美しさが生まれ、聖母のような優しい垂れ目の中に鉱石の一種であるフローライトのような瞳も具現化されていった。一度目の当たりにしたら、吸い込まれる魅力な美貌である。
変化は、ここまでではない。更に、進化していく。
人間の首筋、腹の部分は胸辺りに貝殻で身につけている。滑らかなS字のくびれが地から生まれ、最後に下半身は青竹色のグラデーションがかった鱗がびっしりと覆われた、魚の尾鰭になって現れた。
それは先頭にいた一匹だけじゃない。その後ろにいた魚達にも髪型以外は同じように変貌していき砂の上に鎮座する。その光景は世の中の誰もが知っているモノ。
それは、━━━【人魚】。人魚という砂人形たち。
目標物を捕まえる為に、進化したピラニアもとい、彼女達。
すべては、捕獲するためだけに生まれ変わった姿である。
今は、遠くへ逃げ園内に入ろうとしている捕獲対象の少女へ再度自覚へ入れる。
目視した後。突然、彼女達は皹割れたソプラノ調の奇声を発した。
耳障りな歌声は、園内の空気を斬り込み建物が鈍器で殴られたように所々小さく減り込む。地底が縦に揺れ、園内にいる子供たちが恐怖の悲鳴をあげる。
園の教師達は、外にいる子供達に園内に急いで入るように大声で伝えた。
「皆んな、机の下に急いで隠れて!」
「壁際に行っちゃダメよ!あっくん」
「みんなー、大丈夫よ!直ぐに落ち着くからね」
少しでも、恐怖が和らぐように必死に声かけする教師達。外の状況に気づけないまま、園児達を連れて教室へ入って行く。
***
その様子を見えた、まほ。
どうにかして、自分も教室に入りたかったが、先程の地震でバランスを崩し右足首を捻らせてしまった。
立ち上がりたくてもできず、身動き取れない状況下になってしまった今。焦りが増し、パニック状態になってしまう。
「━━━、せんせぇ!助け……」
『先生!助けてッ‼』と、少女は言いたかった。だが、
━━言えなかった。
急に彼女自身の周りの地面が、深夜のように暗くなったのだ。
太陽が雲で隠れたにしては暗すぎる現状。まるで、〈クロ〉に包まれた感覚に落ち気味が悪い。
ふと、空から砂の粒子がパラパラ……と、まほの髪に落ちる。
「え……?なんで、おそらから すなが⁇」
今だに落ち続ける砂。その度に疑問が大きくなっていき、彼女は急いで見上げ絶句した。
それは、砂の壁一面。いや、━━━砂の津波だ。
共に砂でできあがった津波に乗っている、先ほどの人魚たち。地面の土から砂の津波を作り、獲物を捕まえようと引っ張ってきたのだ。
やっと捕獲できる現状になってきた人魚たちは、少女の周りを囲い外界と空以外を完全に遮断させる。逃げる事が不可能になった彼女は、涙を滝のように零す。砂の壁を叩き抵抗するが、無駄に終わる。
そんなこと関係無しに、津波を掴んでいる人魚たち。喜びが満ちた笑顔で容赦なく、一人の少女へ距離を狭めていく。
それは網で魚を追い込み、狩りをする人間のよう ━━━
勇逸、外界の景色が残っていた空も蓋をされ、完全遮断された今。少女に迫っていた砂の壁一面がピタリと止まる。
突然、機械の電源が切れたように停止したソレに安堵した、まほ。この機に周りを囲んでいる砂の何処かに、出口が無いのか手探りで探す。
すると、右下の辺りに一筋の光が少女の靴に当たっているのを目の当たりにする。急いで手で掘って、この場から逃げようとしゃがんだ。
━━━ くすくす
沈黙の間になっている、空間内。
無邪気な女性達の笑い声が響き渡る。それは、上からだった。耳にした少女の手は止まり、声の主達の方へ視線を変えると奴らはいた。
(え……?なにアイツら⁇壁からでてきているの⁉しかも、みんなでなにかをもっているッ⁉)
ニタニタと気味の悪い笑顔で見下ろす人魚たち。しかも、全員で大きな何かを持っているのを、少女は視界からの情報を得る。
その何かが分からない状況に目を細め確認をした。
そして、━━━後悔をした。
先日、休みの日に観た映画の一部を思い出してしまった、まほ。収まっていた涙が、再度瞳から零れる。
(あれ……、刃物だ。たしか、パパがおしえてくれた……わるいひとをやっつける、〈ギロチン〉って ヤツだ。どうして?なんで⁉わたし、わるいことしてないのにッッ!!!)
まほの涙が、止まらない。勝気だった少女の精神は、ここで限界を超えた。絶望という闇が、無遠慮に心を食いつぶすしていく。
「「オマエ 邪魔。ナツリ ノ 為二 死ネ」」
その言葉達を最後に、人魚たちが持っていたギロチンの刃は落とされた。
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