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「で? 計画は順調?」  手の中で湯呑を転がしながら、テーブルをはさんだ向かいに座る波音が碧の顔を見やった。今日は遅番なので少し早めのランチがてら、波音と会っていた。楽しそうな波音に碧は怪訝な顔を向ける。 「何が正解で何が不正解なのかすら分かんないから順調かも分かんない」  碧が率直に返すと、波音は、何それ、と笑った。 「おれ、まともに付き合ったこととかないから分かんないんだって。でも、あいつがなかなかのクズだということは分かった」  碧が先日知温を家に招いた時のことを思い出して不機嫌な表情を作る。それと反比例するように波音は、何かあった? と嬉しそうに身を乗り出した。 「この間、家に呼んだんだけど……来てすぐやって、終わった途端『お腹空いた』ってご飯要求された」  あの日は下ごしらえまで済ませていたから碧も『すぐ作るね』なんて笑顔で言えたが、当然のように疲れたし、体はだるいし、本当ならそのまま寝てしまいたかった。 「うわー、ないわー」  相手を労われない男は最低よ、と波音が眉根を寄せる。 「まあ向こうはそういう扱いをするために嘘ついてまで関係を結んでるわけだし……そう考えるとなんだか惚れてる態度とか取れないんだよね」  空しくなっちゃって、と碧が苦く笑うと、波音は、別に惚れなくてもいいじゃない、と軽く答える。碧がそれに首を傾げた。 「碧が惚れるんじゃなくて、向こうに惚れさせるんだからそれでいいでしょ。碧はお店では可愛い店員なんでしょ? で、向こうはそんな碧を気に入ったわけなんだから、それでいいのよ」  確かに波音の言う通り、店ではジェンダーレスの可愛い店員で通っている。だからこそ、男女どちらの顧客もいて、売り上げもそれなりに上げている。そのままでプライベートも過ごせば、知温が好きになってくれる、その可能性は大いにある。 「でも、店のおれも、結構頑張って作ってるんだよねえ。疲れそう」  碧はため息を吐きながら、目の前に置かれた丼を手に取った。今日は碧のリクエストでかつ丼屋に来ている。目の前でカツとじとサラダを食べていた波音が、まあね、と呆れた目を向けた。 「あたしとデートだってのに、かつ丼屋選ぶような碧だもんね。そんなカロリーの塊、怖くて食べられないわよ」 「おれ、太りにくい体質だからね」 「むかつくー! てかあたしと会うんだから、もっとパンケーキとかの発想はないの?」  デートよデート、と向かいで波音が唇を尖らせる。 「おれ的には『なおと』と昼飯に来てるだけだからなあ……それに、パンケーキだって、脂肪と糖の塊だよ、波音ちゃん」  碧が笑ってから残りのかつ丼を口に放り込んでいく。波音はそれを見ながら、むかつく、ともう一度言って、手元のおしぼりをこちらに投げつけた。 「怒んないでよ、今度は波音ちゃんの好きなところでいいから」 「じゃあ、次のデートは水族館とパンケーキね」  いまだに少し不機嫌な顔をしている波音に笑って、碧が、分かった、と頷く。すると波音が、真似していいよ、と笑う。碧がそれに首を傾げた。 「波音ちゃんの可愛いところ、真似していいよって言ったの」 「はい。参考にさせていただきます」  碧が恭しく頭を下げる。それから顔を上げ、波音と笑いあった。
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