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水族館の中の売店でイルカのぬいぐるみを買ってもらった碧は、それを抱えながら知温の車の助手席へ乗り込んだ。昼を過ぎたので、今度はランチに連れて行ってくれるらしい。
「ここからすぐのところに美味しそうなカフェがあるんだ。パンケーキも人気だって、ネットに書いてた」
そこに行こう、と知温が車を走らせる。碧はその優しい横顔につい見とれてしまう。悔しいけれど外側はやっぱり碧の好みなのだ。
「わざわざ調べてくれたんだ」
「だって、碧との初デートだしね」
気合も入るよ、と知温がこちらをちらりと見て微笑む。碧はそれに、そっか、と返してからそっと知温の腕に触れた。
「すごく、嬉しい」
その言葉が本当なら――そんなふうに思いながら碧が答えると、知温が大きなため息を吐く。ヤバい、ちょっと大げさすぎたか、面倒と思われたか、と恐る恐る知温を見やると、困ったような表情をしていた。
「運転中にそんな可愛いことしないでよ。何も出来ないだろ」
「あ、はは、ごめんね」
碧がそっと手を引く。けれどすぐに知温がその手を掴んだ。それから手の甲にキスをすると、ゆっくりと手を放す。
「今夜、覚えとけよ」
突然男らしい表情を見せる知温に、碧は赤くなって俯いた。キスをされた手がやけどしたみたいに熱くなっている。
「そんなの、知らない」
きっと顔が赤くなっている。こういうのも『可愛い』に入るのだろうが、素で反応してしまっているのが恥ずかしくて、碧はふい、と窓の外に顔を向けた。
手の甲はまだ、じんじんと熱いままだった。
知温が連れて行ってくれたカフェは海沿いにあり、窓際の席からはキラキラと輝く水面が見えた。水平線を船が渡っていく。
「俺はバーガーセットにするけど、碧はパンケーキだよね」
外の景色に見蕩れていた碧に、知温がメニューを差し出す。碧はそれを受け取って視線を落とした。
知温が頼むと言っていたバーガーもパテが厚くて美味しそうだし、ローストビーフサンドなんてパンよりも厚く肉が詰まっている。チキンステーキのガーリックソースも絶対美味しいだろう。思わずお腹が鳴りそうになる碧だが、ぐっと唇を噛んでからメニューの下のほうへと視線をずらした。パンケーキは四種類、イチゴとバナナとキャラメル、それに宇治金時。キャラメルとあんこは論外だとして、フルーツならなんとかいけるかもしれない。
「そう、だね。イチゴとバナナどっちにしようかな」
迷っちゃうね、と顔を上げて笑うと、知温は、トッピングしたらいいよ、と微笑んだ。
「そっか……じゃあ、イチゴにして、バナナトッピングしようかな」
フルーツが増えればまだ食べられないこともない。お腹は空いているのだからいけなくもないだろう。
「うん、いいんじゃない?」
知温が頷いて店員を呼ぶ。それから注文を始めた。
「バーガーセットと、イチゴのパンケーキ、バナナトッピングでクリーム増しで。飲み物は、俺はコーラ、碧は……カフェラテにする?」
なぜかクリームを足されて、碧は眉を寄せてしまった。慌てて表情を戻して、悩むふりをしてメニューに視線を落とす。
できれば碧もコーラ、それでなければエスプレッソがいいと思った。けれど、きっと『可愛い恋人』は甘いものに甘いものを合わせるものなのだろう。碧は知温に笑顔で頷いた。
じゃあそれで、と注文を終えた知温が、こちらを見つめる。それに気づいた碧が首を傾げた。
「碧は甘いもの好きなんだね。紅茶とかの方が良かったんじゃない?」
後だしのように知温が言って、碧は心の中で、『はぁ?』と悪態をついていた。知温が勝手に決めて有無を言わせないようにしたのだ。そりゃ最終的に選んだのは自分だが、知温はパンケーキにカフェラテを合わせてしまうような甘ったるい子が好みなのだろうと思ったから頷いたのだ。今更そんなことを言われても悔しいから変えたくはない。
「……い、今は、そういう気分、なんだよ」
知温から視線を外し、適当な嘘を吐く。知温は、ふーん、と答えてから、窓の外に視線を向けた。
「海、キレイだね。夏になったら泳ぎに行こうか」
その言葉に碧が思わず知温を見つめる。今度は知温がこちらに不思議そうな顔をして首を傾げた。
「海、嫌い?」
「う、ううん……夏、楽しみだね」
「うん。碧の水着姿も楽しみ」
知温が屈託なく笑う。
夏を待たずに捨てるつもりの相手に、その先の話をするなんて、本当にクズだと思った。
ただ、碧も夏を楽しみになんてしていない。嘘で返す自分も、もしかしたら最低なのかもしれない――そんなことを思って、碧はキレイすぎる青い水面を見つめていた。
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