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6
あの後、調子を取り戻した碧を自宅へと送り届けた知温は、ゆっくり休んで、と言うだけでそのまま帰っていった。キスひとつせずに帰ったことはとても意外だったが、あれだけ派手に吐いた相手を抱きたいと思えなかったということも充分に考えられる。よほど相手の事が好きでなければ、遠慮するかもしれない。ということは、碧はまだ知温の中で、そこまでの域に至っていないということだろう。それを思うと、やっぱりあの日の失態は悔やまれる。
「碧くん、お疲れ様」
バックヤードで軽くため息を吐いていた碧にそんな声がかかり、振り返る。そこに居たのは商品を抱えた知温だった。
「お疲れ様。それ、返品?」
「うん。どこ置いたらいい?」
「こっちが返品棚だから、そこに……って、もうぎゅうぎゅうだね」
そういえば最近返品作業をしていない。今日はこの後こっちの作業かな、と碧が軽くため息を吐く。
「作業するなら、俺も手伝うよ」
「あ、でも、店長に店頭任されてるんじゃない?」
今日の稼働表の知温の欄は、一日店頭になっていたはずだ。
「でも今日混んでないし、返品したことないし、この量、碧くんだけじゃ大変だよ。店長に聞いてみる」
「そっか……ごめん。ありがとう」
助かります、と碧が頭を下げると知温は口の端を引き上げてからこちらに近付いた。そのまま、ちゅっ、と音を立てて唇を合わせる。
「この間、デート中途半端だったから、少しでも碧くんと居たいだけ」
「この間、ごめんね。いっぱい迷惑かけて」
「全然。メッセでも言ったけど、きっとはしゃぎすぎたんだよ。気にしてない」
「ありがと。初デートで浮かれてたかな」
「だと嬉しいなあ。あの時買ってあげたイルカは元気?」
知温がくすくすと笑う。
碧の部屋の黒いリネンの掛かったベッドの片隅にイルカのぬいぐるみは置かれている。それはやっぱりアンバランスで似合ってはいなかった。それでも先日の知温とのデートを思い出すと、不思議と温かい気持ちになって、今もそのまま置いている。
碧が、うん、と頷いた。
「今度は、違うぬいぐるみもプレゼントするよ」
「え? どうしてぬいぐるみ?」
あの部屋にあんなファンシーなものがこれ以上増えても困る。とはいえ、嫌な顔をすることもできないので、柔らかく聞いてみる。
「そりゃ、碧が可愛いから。可愛いものと可愛いものの組み合わせは偉大だなって、イルカを抱えてる碧を見て思ったんだ」
だからだよ、と知温が笑う。まだかろうじて碧のことは可愛いと思ってくれているようだ。少しほっとして、碧は、じゃあ、と口を開いた。
「この間のお礼に、今度知温くんの家でご飯作るよ」
「え、ホント? 碧のご飯美味しかったから、嬉しいな。二人とも早番の日あったよな」
その日にしよう、と知温がスマホを取り出す。すぐにシフトを確認しているらしい知温に、ちゃんと楽しみにしてくれているのだと思い、碧は心の中でほっと安堵の息を吐いた。
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