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「本日より研修に来ました、梶田です。店舗の業務をしっかり学びたいと思っています」  よろしくおねがいします、と微笑むその顔は、碧の予想通り爽やかでとても印象的だった。今日はスーツを着ているが、きっと店の服も似合うだろう。 「イケメンだねえ、梶田くん」  翌日の始業前、彼の挨拶を碧の隣で聞いていた同僚の優菜(ゆな)が感嘆のため息を吐く。とはいえ、その表情から察するに恋愛感情などからの言葉ではないようだ。 「彼にレディース売らせたら売れそうじゃない?」  優菜が碧を見上げ楽しそうに笑う。やはりよからぬことを考えていたようだ。碧はその言葉に軽く吹き出すように笑った。 「優菜ちゃん、楽したいだけでしょ」 「だって頑張って売っても楽して売っても一枚は一枚。楽な方がよくなくない?」  それはその通りだが、迷っている客に自分の一押しで買ってもらうのが楽しいと思っている碧には、それだと物足りないな、と感じてしまう。 「よくなくなくないかなあ……」  どうかなあ、と首を捻っていた碧に店長の、碧くん、という声が飛び、碧は慌ててあたりを見回した。レジカウンターの傍で店長が手招きをしている。どうやら考えているうちに朝礼は終わっていたらしい。 「梶田くん、彼が指導係の沓沢碧くん。同い年だけど、三年目の社員だよ」  店長が知温に碧を紹介する。碧は軽く会釈をした。 「沓沢です。分かることは全部教えるので、何でも聞いてください」  碧が知温を見上げて微笑む。遠くから見ても思っていたが、やっぱり背が高い。碧はヒールを履いた女性客に身長を越されてしまうこともあるくらい小柄なので、その長身は羨ましかった。肩までの写真でも十分想像出来ていた体は、やっぱり男らしくしっかりとしていた。とはいえ太っているわけではないのが、益々碧好みだ。 「梶田です。社会人としても新人なので色々ご教授いただけると嬉しいです」  よろしくお願いします、と笑いかけるその顔は、嫌味もなく印象もいい。特に碧にとっては直球で心臓を撃ち抜く効果もあった。 「そんな、かしこまらなくても……こちらこそよろしくおねがいします」  碧は笑顔を返してから、傍にいた店長に視線を向けた。 「とりあえず店内を案内して……今日は倉庫作業してもらいますか?」 「うん、そうだね。今日は入荷日だし」  あとは碧くんに任せるよ、と店長は売り場へと出て行った。それを見送ってから碧が知温を見上げる。 「えーっと、じゃあ開店前に売り場から案内しますね」  碧が歩き出すとその後を知温がついてくる。そのまま無言で歩くのも変な気がして碧が少しだけ振り返った。 「梶田くんは、どうしてウチ受けたの?」  服が好きなのかな、と聞くと、知温は、そうですね、と視線を斜め上へと向けた。 「ビビマスの服は学生の時から知ってましたけど、営業と企画に興味があって。デザイナーがデザインしたい服と売れる服ってやっぱり少し違うと思うから、そういう擦り合わせの部分に興味があったんです」  理想と現実みたいな、と知温がこちらを見やる。碧の志望動機とは随分違っていて、碧はすっかり驚いてしまった。見た目はともかく、新人というから少し舐めていたが、知温はちゃんと就職した後のビジョンも持っているようだ。 「へえ……すごいな」 「沓沢さんは?」 「おれは、ここの服が好きで。だから店舗スタッフ希望で受けたんだ。あ、あとおれのこと、碧でいいよ。みんなそう呼ぶから」 「はい……碧くんって、呼んでも?」  自分でいいよと言っておきながら、いざ呼ばれるとちょっとドキドキする。碧は少し俯いてから、うん、と頷いた。イケメンは目の保養だが、近すぎるとちょっと毒だ。  碧は心無しか少し知温から距離をとって、このへんがメンズだよ、と案内に移った。 「碧くんが今着てるのも、新作?」 「あ、そうだよ。でもこれ、レディースの新作なんだ」  碧が着ているのはハイネックのカットソーに丈の長いカーディガン、それに細身のパンツだった。そのうち、カーディガンがレディース服だ。身長が低めで華奢なのでレディースの方がしっくりくることもあるのだ。 「へえ……似合ってますね」  知温が碧を見つめ微笑む。その笑顔に胸がざわめく。やっぱり好みの顔に微笑まれたら嬉しい。
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