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今日のコーデはピンクチェックのパンツにオーバーサイズの白パーカーという可愛い寄りのものにした。伊達眼鏡でちょっとは知的に見えるだろう。
スタッフルームの鏡を見ながら前髪を直していると、その背後でドアが開いた。鏡に知温の姿が映る。
「おはよう、碧くん」
「梶田くん、おはよう……あの、この間ごめんね……なんか、恥ずかしくなっちゃって」
逃げちゃった、と知温の前に近づいてその顔を見上げる。
『いい? 相手を見るときはその小柄を生かしてあざとく上目遣いよ!』なんて波音に言われ練習までさせられたので、使うのは今かとばかりに頑張ってみた。知温の顔がほんの少し緩んだ気がした。
「うん……いや、びっくりしたけど、碧くん初めてだったんだし……仕方ないよ」
碧の頭を撫で、知温が微笑む。それに碧も笑顔を向けた。
「よかった。これで嫌われてたらどうしようかと……これから、よろしくね」
仕事もプライベートも、と碧が知温の指先を握る。これもまた波音から教わった『可愛い仕草』のひとつだ。
「もちろん。嬉しいよ」
知温が頷いて碧の指に自分のそれを絡める。けれど碧はすぐにそれを離した。
「あの、職場では、バレないようにしない?」
接客中はそれに専念したい。そんな時まで『可愛い』を意識して生活してたら、三か月後には禿げる気がするのだ。
「ああ、それ、俺も言おうと思ってたんだ。新人が来て二日目で碧くんとくっついたなんて、碧くんの外聞もよくないし」
きっとこの場合、バレたら碧が知温を誘惑した、なんてことになるのだろう。それはもちろん外聞悪いが、それと同時にバレたら知温だって三カ月で別れにくくなってしまう。知温の思惑は多分後者だ。
それでもそんなこと気づくそぶりも見せずに碧が、ありがと、と頷く。
「碧くん、今日も可愛いね。パーカーお揃いだし」
「ホントだ。梶田くんは、スウェットも着こなしちゃうんだね」
今日の知温は上下スウェットだった。職場がアパレルでなければ絶対に許されない恰好だが、知温が着るとオシャレに見えるのは、きっとモデルがいいからだろう。
カッコいいよ、と再び波音直伝上目遣いで知温を見上げる。
知温の顔が少し赤くなったのを確認して、碧は、先に店出るね、と知温から離れた。
『離れる時はあっさりとね。そうすると追いかけたくなるのよ、男って』とは波音先生のお言葉だ。その教え通りあっさりとスタッフルームを出てきたが、知温が追ってくる様子はない。
「追うって物理じゃなくて精神の方……? いや、分かんないし!」
碧が大きくため息を吐く。一日目でこんなに考えながら動いている。それが三カ月も続くなんて、少し気が遠くなる。でもこれで知温が自分を好きになって、本来知温がやろうとしていたことをやってやれるのなら頑張れる。
「……とりあえず仕事するか」
碧は大きく一度呼吸をしてから店舗へと出て行った。
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