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愛実から告白されて一週間が過ぎた頃、私はまたあのカフェで一人、読書をしていた。落ち着かない手元でページをパラパラめくっていると、そこへ遅れて『彼』がやって来た。
「わ、悪い! 遅くなって」
「やぁ、好青年加藤君、そこへ座りたまえ」
例の加藤君だ。彼から告白されてからというもの、とりあえず私達は仮で付き合っていた。付き合うと言っても、こういうカフェとか、ファミレスで話すぐらいのまだナチュラルな感じなんだけど……。
「で? 今日はかしこまって相談って何?」
「うん、実は……、変なことになって、頭が混乱中……と言うか、加藤君に相談するのもおかしいと思ったんだけど」
私は、あのことを加藤君に相談しようか迷った。でも、他に聞いてくれるような人は居ないし、だからと言って自分一人で解決出きる問題でも無かったから。
「実はさ、この前話した、愛実についてなんだけどさ」
「ああ愛実ちゃんね、キミの……玲美ちゃんの例の幼馴染みの」
そう私の名前を言い直されて、心臓の鼓動が少し早くなったのを感じた。意外にもあの加藤君が私の名前をまともに呼んでくれたのは多分初めてだ。
「その、愛実から、告白されたんだ」
「ん? 告白? 何についての?」
彼はキョトンとしてる、そりゃそうだ。それが普通の反応で、何の告白で相談してるのか私も訳が分からなくなりそうだから。
「だから、告白だよ。恋愛としての告白」
「え? ええ!? あの愛実ちゃんから? え、ええ?」
「うん、私もどうしたら良いのか分からなくて。彼女のこと、そういう目で見たこと無かったから……」
「そ、そうだよね。普通は幼馴染みの女子同士、なかなかそうなるとは思わないもんな」
「私も、愛実のことは好きだし、ずっと好きだったし、これからもきっと友達としての〝好き〟は続いて行くと思ってたんだけど……。いえ、思いたいんだけど……」
「そっか……、まぁ俺が言うことでもないと思うんだけどさ」
加藤君は姿勢を正し、私の目を見つめて言った。
「そのキミの……、玲美の気持ちを、ストレートに言ったらいと思うよ。伝えたい気持ちをね」
「え?」
「その思いって、玲美の大切な部分じゃん。俺がそうだったように、玲美もきっと、ちゃんと整理出来てないと思うんだよね、自分の気持ちについて。でも、きっと今みたいに言葉にすれば届くし、玲美も自分の気持ちについて分かってくると思うんだ」
「言葉で、届ける?」
「うん、そう。ちゃんと言葉にして相手に届ける」
「言葉……そっか、私も同じだったんだ……加藤君と」
加藤君が聞き取れるか分からないほど小さい声で呟いた。私は私の言葉を租借した。
「ん? 何か言った?」
「ううん、ありがとう! 私、ちゃんと言ってみる。愛実に」
「そう、それが良いよ」
「それより、私の名前を読んだよね? しかも今は何回も呼び捨てにして」
「あ、ご、ごめん。駄目かな?」
ちゃん付けと、呼び捨て。こうも短時間に呼び方を変えられると、どうしてもこう言わざる負えない。
「ううん、めっちゃ良かった」
*
翌日、私は愛実と待ち合わせた。お互いの高校はいつものカフェまでそう遠くないけど、どちらかと言えば私の高校からの方が近いから、私が早く着くことが多い。
また私は先に店内へ入って、鞄から本を取り出した。
今読んでるのは推理小説。主人公が犯人を追い詰める正に物語はクライマックスの所だ。
一番良い所の筈なのに、やっぱり手元はおぼつかない。それは、まるで湯葉豆腐の上澄みを剥がすように、ページをめくろうとすると彼女が店内に現れた。
「お待たせ、玲美」
「いーよ、私も今来たとこ」
「そっか」
「……」
しばらく沈黙が流れた。私は先にテーブルに届いてた100%オレンジジュースを、ストローで淡々と口に運んだ。
遅れて愛実に届いたのはアイスカフェオレだ。確かに今日みたいな日には甘いカフェオレなんかも最高だと思う。外では蝉時雨がけたたましく鳴っている。冷房がガンガンかかって快適な店内にも、よく聞こえて来ていた。
「プッはー! 美味しー!」
「愛実は本当に何でも美味しそうにするね」
「え? だって本当に美味しいんだもん」
「そうだね、そのカフェオレも愛実に飲んでもらえて喜んでるよ」
「玲美だって、その昔から何でも擬人化するとこ、すごく可愛いよ。私ずっとそう思ってた」
「ええ? 普通じゃないの? こういう言い方」
「うん、普通ではないな~」
笑いも絶えない、いつもの他愛ない会話だ。私達の、私達だけの。
「それでさ、愛実」
私はその和やかな雰囲気に配慮しつつも、話題を変えようとした。
「愛実がこの前、私に告白してくれた。あのことなんだけど」
「う、うん」
「愛実のことは好き、これからもずっと好きだよ。でもごめん、よく考えたんだけどやっぱりね、私は愛実のことはそういう風には見れなかったんだ。本当に……、本当にごめん!」
「何言ってんの! それが普通だよ! 私の方こそごめんね、変なこと言って。玲美はずっと私と友達で居てくれたのに……私が関係を壊すようなことを言って……本当にごめん!」
「ううん、私が悪いの、こんな言い方しかできなくて、ごめんね!」
「違うよ! 私が、私が悪いの! 玲美、ごめんね、ごめんね」
何回そういうやり取りが続いたのか、もう分からないくらいにお互いの思いを投げ合った。
「ぷっ、ぷっははっー! もうやめよー玲美」
そんな流れを先に変えたのは愛実だった。
「そ、そうだね。もうやめよっか」
「そうそう、だからさ、これからも今までと同じように宜しくってことで!」
いつものように明るいテンションに戻った愛実。でも、かなり無理をしているようにも思う。それが不意に、私にはヨレヨレの雑巾を更に絞ったみたいな感覚も感じてしまって……。
「愛実……」
「だーもー! 気にしないでって玲美!」
「うん、ごめん!」
「はい、終わりー! それより、加藤君とはどうなの順調?」
「うん! 順調順調、大順調だよ!」
「へぇー!! 本当になんか良さそうな感じだね、この~! キスはしたのか? ハグはー?」
「もう、茶化さないでよー!」
うん、いつもの愛実に戻ってきた。私の大好きな愛実に。
「……それで、好きなの? ちゃんと加藤君のこと見れてきた?」
「……あっ」
その言葉に確信を点かれた気がした。
愛実の言葉で、私は私の本当の気持ちに気づいた。やっと気づくことが出来たんだ。
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