プラネタリウムに雪が降る

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

プラネタリウムに雪が降る

 冬のある日、僕は過去の中にいた。十数年前に亡くなった、三歳年下の弟が僕の記憶の中に現れた。互いにちびの頃、よく一緒に遊んだが、意地悪も同じくらいたくさんした。  雪が積もった朝のこと、弟は小さい雪だるまを作っていた。三歳だった弟と同じくらいの大きさの雪だるま。ちょこんと可愛いかった。なのに僕は、その雪だるま目がけて雪玉作って投げて、投げて、投げまくって、潰れるまでやめなかった。気づいた弟は、泣き叫びながら僕に向かってきた。僕は、向かってきた弟を雪の中に突き倒して、笑っていた。  残酷で、酷い兄だった。  突き倒した弟が、何とか起き上がろうとした時、さすがに気が咎めた。だから再度、突き倒すのはやめた。弟は、ありったけの表情で睨み返そうとしていたが、そんな顔を見て僕は笑い出してしまった。すると、弟もつられて笑い出していた。  意地悪しても弟は 「お兄ちゃん、あそぼ」って慕ってくるのだった。  今更ながら、ほんとうにごめんよ。弟には謝る機会を逃し、いつしか大人になっていた。  人生の折り返し地点、そんな歳になった今、ちびだった弟が甦ってきた。  僕は今、岐路に立っている。数十年連れ添った妻と別れ、ひとりぼっちになった。子供はいないし、両親はまだ健在だが、二人とも老人ホームが棲家だった。ただいま、と言って「おかえり」はない。  それは、自分で選んだこと。悔いはない。だが、弟の幻が現れてから、ひとりの空間がやるせなくてたまらなかった。  仕事が早めに終わった終末、雪でも降りそうな寒い日のこと、ふとプラネタリウムに行こうと思った。家の近くにあるのに、何故か一度も訪れたことがなかったプラネタリウム。子供向けだと思い、興味が持てなかったのだ。だが、突然降ってわいたように行きたくなった。寒くて、ほんの少しの暖かみを欲したのかもしれない。心の叫びだった。  プラネタリウムの中は、結構大人が来ていて、僕はその場に違和感なく溶け込んだ。閉館前の最終プログラムで、内容も大人向けになっていたようだ。  初めてのプラネタリウムなのに、僕は解説半ばでうとうとと睡魔に襲われた。多分に、少しの間眠ってしまったのだろう。こくんとして、身体が揺れ眼を覚ましたとき、ホール満面に星空が広がっていた。まるで雪が降ってくるように迫ってきた。  星は雪となって、降りてくる。弟は今、光を僕に照らしてくれているに違いない。そんな妄想がふと頭をよぎった。    違う。妄想じゃないよ。    ちびの弟が言った。    僕は、まだきみのもとへ行ってはいけないのか。弟は光の中で手を振っていた。    バイバイ、またね。また、いつか会う日まで。    プラネタリウムを出たとき、日は暮れていたが雪は降っていなかった。夜空にきらりと光る一番星を見つけた。きみはいつも僕のそばにいたのだ。大人になって離れていたと思っていたけれど。今まで、気づかなかった。    ありがとう。きみの魂を受け取ったよ。    いつしか僕の心は、薪を焚べ炎が舞い上がるように、じわじわと暖かみを持ってきた。命果てるまで、ずっと絶やさない。瞳に一粒涙を浮かべた僕は、ゆるりと家路へと歩き続けた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!