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季節はずれの大雪が降った、ある春の日のことだ。気づくと僕は、公園の黄色いシーソーに乗っていた。
雪が積もった朝の公園は音もなく、白銀の世界に浮かび上がる遊具の色が、いつもより鮮やかに見えた。まるで真っ白な箱の中にいるようだ。そう思ったとき、幼い少女の声が静まり返った公園に響いた。
「マナブお兄ちゃん!」
呼ばれて僕は、シーソーの向かい側に座る少女に視線を向けた。
赤いニット帽をかぶった4、5歳くらいの幼い少女が、上下にシーソーを動かしながら笑っている。頬と鼻先を赤くした彼女は、雪だるまのような白いダッフルコートを着ていた。
さっきまで気にならなかったシーソーのきしむ音が、やけに響いて聞こえる。懐かしい。昔もこうして、雪が降る中で遊んだっけ。
(名前は確か、ユキちゃんだ)
「マナブお兄ちゃん、今度は滑り台で遊ぼう!」
白い息を吐きながら、ユキちゃんはシーソーから降りた。彼女は僕を手招きしながら、子犬のように駆けていく。
昔から、ずっと妹が欲しかった。僕は雪の中を走る少女を目で追いながら、ぼんやりと幼かったころのことを思い出していた。
「ほら、早く早く」
滑り台の上から、少女が手を振る。
ああ、懐かしい。
懐かしいが、ちょっと待てーー。
「マナブお兄ちゃん!」
また、少女が名前を呼んだ。
ところで僕は、「マナブ」なんて名前じゃないぞ?
「僕の名前は【マナブ】じゃなくて、ガク。戒田 学だよ」
気づいた時だった。滑り台の上に立つ少女の姿がゆがんだ。彼女の体は、水面に石を投げ込んだときのように波打ち、崩れ落ちた。
「あなたは、マナブお兄ちゃんでしょ?」
白い雪に覆われた公園に、少女の声が響く。
足元を誰かに掴まれた気がして、僕は視線を下げた。雪の中に、右足が沈んでいる。みるみると雪の中に引きずり込まれる足を見て、僕は立ち上がった。右足を抜こうとしているうちに、左足も沈みだした。底なし沼のように、僕の体はあっという間に沈んでいく。
「誰か、たすけーー」
首まで雪に埋もれた僕は、叫ぼうと顔を上げた。そのとき視界に映ったのは、白い公園とは正反対の真っ黒な空だった。
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