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第1章 取材
とある平日の夕暮れ時。下校のチャイムが鳴っている。公園には子ども達がいつも通り変わらぬままサッカーをしたり、ままごとをしている。
そのありふれた幸せすぎる日常に目をやりながらメモ帳を開き、考え事をしていた。
それはある人物に単独取材を行おうとしていることにだった。
私の名前は福原祥也。職業はウェブライター。いわば記者だ。
連日テレビを賑わせている【◯◯県◯◯市役所爆撃事件】(有名になっているが敢えて何市かは伏せておく)の全貌を追っている。
とてもむごい事件で、犯人は職員夫妻。元、ではなく現職員だった。
夫は市民部長、妻は市民部住民課住民記録係課長補佐兼係長という役職であった。
(役職は上から高い順に市長副市長を除く、部長がトップクラスで、その下が課長、その下が課長補佐兼係長となっている)
関係の無い一般市民をも巻き込み、市役所職員合わせて死者は100人以上。爆発の威力が大きかったため、全身丸焼けになってしまい身元も分からない遺体も何体かいて、負傷者の数を合わせると400人以上に及ぶという。
市の財政にも大きく影響があり、全てのシステムは全停止、復旧には1ヶ月以上はかかる見込みだそう。バックアップシステムがある資料は無事だが、今どきながら紙で保管してる資料も多い、全て灰と化してしまったそうだ。
さらに非難は犯人から市役所職員へと向いている。
犯人夫妻の同期は「自分の子供への上司のパワハラ」が原因らしい。実際のところ、その夫妻も爆発に巻き込まれて死んでしまったため本当のことは彼らの口から聞くことは出来ない。
何故か生き残った職員へ(パワハラを行った職員ではないらしいが)、無闇矢鱈と他市の市民からかなりの苦情や誹謗中傷が来ているそう。
それを苦に自死をしてしまった職員がいるとかいないとか。
今の話は全てネットまとめサイトから寄せ集めたもので信ぴょう性は欠けるものもチラホラある。
X(旧Twitter)では瞬く間に【市爆事件】と呼ばれるようになっていた。
私がこの事件を追っている訳に、理由は無い。記事の閲覧数稼ぎだ。
強いて、言うならば興味があるから。
考え事をしながら数分歩くと目的の場所についた。
実行犯の幸田直樹、その妻幸田加賀美達が、自分の子供のように溺愛して一緒に生活していた甥である幸田卓郎の自宅へ来ていた。
幸田卓郎は、本事件と関与していると思われる【不審放火連続事件】が起こった4月から1度も外に出た所を目撃したものはいないと言われる。
そのためこの男にも容疑の目は向いたが、証拠はまだ見つからず警察は逮捕おろか任意同行すら踏み切れないでいる。
そのため、警察が踏み切る前に私が先に話を聞きに来たってわけだ。
メモ帳をしまい、目を重々しいドアへ移す。
まだ夕時だというのに、ひんやりとした風が体を刺す。緊張からか手に汗をかき、額からは冷や汗が伝うのを感じる。
意を決してピンポンを押す。
暫く無音が続いた後、ガチャリとドアの開く音がした。
「どうぞ」
そう男は端的に言う。無精髭、脂のついた髪の毛、ヨレヨレな洋服。異臭。とても清潔感があるとは、お世辞にも言えない。
ニチャリと笑みを浮かべ、おいでと手招きをする。
何か罠があるかもしれないことを念頭に入れつつ、持参した室内履きへ着替え、男へとついて行く。お互い無言で沈黙が永遠に続くかと思われたが、男は突き当たり右の部屋に入り、手招きをしていた。
「何も無いけど、どうぞ座って」
部屋に入った瞬間、私は言葉では表しきれない、何ともおぞましい強烈な異臭に襲われた。
ふらつく体を何とか保たせつつ、辺りを見回す。
カップラーメンの空容器、菓子パンの食べ終わった袋、使ったあとのティッシュ、飲みかけのペットボトル、ゲームのソフト…ありとあらゆる物やゴミが部屋には散乱していた。
私は、立ったままでいい、質問をしたら直ぐに帰ると早口に言った。いくらウェブの閲覧数のためと言えど、こんな薄気味悪い部屋と男と、長丁場一緒にいたくないからだ。
「幸田卓郎さん、事件について…」
言い終わる前にまた男はニチャリと笑う。と思ったのもつかの間、頭を急に床にどん、どん、と何度も打ち付け土下座のポーズをとり、大声で言葉を発した。
「母さん!父さん!俺を残していかないで…」
言い終わると、男は頭を叩きつけるのをやめ、顔を床にピッタリと付けた状態でぐすぐすと鼻を啜りながら、何かを呟き泣いていた。ビックリはしたが、ここまでは序の口だと自分に言い聞かせる。
私は男を見下すように眺めながら、ポケットからメモ帳を取り出した。
「幸田卓郎さん、事件の全貌を私に教えてください」
男は、涙と思われる液体でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、私と目を合わせる。再びニチャリと笑い、口を開いた。
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