5 地雷系祓い屋と感知系ホスト

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*    セイは――C級祓除師・柚木正一郎は逃げていた。先程共犯者である美玲の駒から連絡があり、美玲が祓除師に捕まったとあったためだ。 (……ついてないな。せっかく高位の祓除師が担当じゃない区域だったのに)  むしろ――自分が巡回担当の祓除師だったからこそ、進めやすいビジネスだった。自分の肩書きがそのまま隠れ蓑になる。同業者は疑われにくい。    ――最近は夜が明るくなっているため、闇という住処を失い、妖は駆逐されかけている。そのために人を食えずに飢えている。  だからこそ、高位の妖と取引ができた。  高位の妖は裏社会と繋がりを持つことで金を持っていることも多い。妖相手の人皮売買はビジネスとして面白いほどうまくいっていた。オーナーにはマージンを渡すことで、裏社会でビジネスをすることへの補助をしてもらった。  ――順調だったのに。 (くそ、S級がホス狂やってるなんて想定外だ……!  最高位の祓除師なんだから一門の当主でもやって構えてればいいものを。無駄に人間らしい真似なんざするなよ、化け物の分際で)  ……まあいい。  正一郎は舌打ちをしながらも、背筋を伸ばして歩いた。     今の正一郎はスーツ姿だ。  ホストらしい洒落たスーツではなく、特段高価でもないビジネススーツにわざわざ着替えていた。オフィスが立ち並ぶ場所であれば、スーツ姿が一番馴染む。  木を隠すならば森の中。至言だ、と思う。  そしてこのまま空港まで行き、本州の外へでも行ってしまえばいい。()の犯罪者ではないのだからわざわざ海外に飛ぶ必要もない。  祓除師にも派閥がある。関東圏と関西圏では幅を利かせている祓い屋一族が異なる。だから関東圏さえ脱してしまえば、隠れることは簡単なはずだ。 (見つかるはずがない)  もともと隠密は得意だ。  だからこそ売買(シゴト)ができた。  このまま逃げ切れば、共犯者(みれい)に分け前を渡すこともなく、利益を独り占めできる。  なんという好都合。 「ふふ……っ、」  正一郎が思わず笑みを零したその時だった。    正一郎の肩に、蝶が止まった。  キラキラと輝く鱗粉を撒き散らす、大きな黒蝶である。 「蝶……? アゲハか? なんでこんな時期に……」  しっしと追い払うと、蝶はひらひらと飛んでいく。  そのままどこかへ行くかと思いきや、一定の距離を取った辺りで動きを止め、正一郎のあとをついてくる。 「な……」  ――なんだこれは。まさか式神か?  その可能性に思い当たった正一郎は、すかさず黒蝶を祓った。妖とは気配が違ったので、式神で間違いなさそうだった。 (式神ならある程度、耐久性のあるものを作るはず。なんであんな弱いものを……。  いや、それはいい。まずい。今ので位置を悟られた)  距離を取らねば、とその場を駆け出す。    ――しかし、行く先行く先に、蝶が現れる。  逃げれば逃げるほど、だんだんと増えていく。祓うにも、数が多すぎて追いつかない、 「く、くそ……ッ」  そして。 「見〜つけた、柚木正一郎」  ――夜のオフィス街に似合わない、地雷系ファッションに身を包んだ玉寺百合愛(化け物)が、姿を現した。    化け物はA級らしき手練を幾人か連れてきていた。  さらに意外なことに、そこにはなぜか正一郎のホストとしてのライバル――【AGELESS】のレイヤがいた。そう言えば奴は玉寺百合愛の担当ホストだったはずだが、だとしてもどうしてここに? 「……あ」  しかしその疑問は瞬時に解決した。  一匹の黒い蝶がレイヤの差し出した指先に止まり――さらにレイヤがおもむろに手を振った瞬間、その場にいた何十匹もの黒蝶が掻き消えたためだ。 (この黒い蝶はあいつの式神だったのか……!)  そもそもレイヤが祓除師なんて話はオーナーから聞いていない。一体どうなっているのか――。 (いや、そんなことはどうでもいい。  捕まったらマジで終わりだ。勝つのは無理でも逃げるだけなら、まだ……!)  C級ではあるが、正一郎の実力は決して低くない。格上とも十分に戦える。  霊力を隠すのが得意であるため、正一郎はもともと、弱いふりをしていた。間違ってA級にでもなってしまえば、難しい任務が割り振られ、それだけ死ぬ確率が格段に上がってしまうためだ。  札に封印していた銃を取り出す。  霊力を込めた弾丸を撃ち出すことができる愛銃だった。 「っな!?」 「街中だぞ……!」  ゆりあの周りにいる者たちが目を剥く。レイヤも唖然とこちらを見ている。  正一郎は、撃鉄を起こし引き金を引くまでの作業を、早業といえる速度でこなす自信があった。早撃ちで必ず不意をつけると。  ゆりあを倒せれば必ず隙ができる。ここにいる祓除師は格上ばかりだが、隙さえできれば逃げ切れるはず。 (いける……!)  そうして、刹那の間に引き金を――、  引くことはできなかった。  いつの間にか黒い刀を手にしていたゆりあの手によって、正一郎が持っていたはずの銃身が細切れになっていたからだ。  しかも、銃を持っていた正一郎自身の手には傷一つない。 「……は?」 「すごいよ、セイ。ここまで手こずらせられるとは思わなかった。ゆりあは強いけど頭がいい方じゃないからそれもあるだろうけど、それにしたってあやうく逃がすところだったっていうのは、セイの優秀さもあるんだろうね」 「う、嘘だろ……お、オレの銃が」 「でもね、罪は罪だから」  膝を着き、バラバラになった銃をかき集めていると、不意に頬を張られた。  思わず顔を上げると、冷徹な表情をしている玉寺百合愛の視線が正一郎の顔を射抜いていた。「――ちゃんと聞け。お前の話だ」 「……っ」 「償ってもらうよ。お前と共犯者のせいで食われた人のためにもね。人に化けた妖もまとめて始末する」 「そんなこと、簡単にできるわけがない……っ。人皮をかぶればもはや気配は人と同じだっ」 「あたしたちには、そう思える。でも、そうでもないって天才(ひと)もいる」  玉寺百合愛が後ろを振り返った。  すると、その視線を受けて一歩前に出てきたのは、レイヤだった。   「――俺なら判別できる」 「なん……だって」 「俺の黒蝶を使えば、その区域の祓除師と協力することで感知範囲もかなり広げられる」  レイヤの手から、ふたたび黒蝶が生まれる。  そうか、と正一郎はレイヤを睨みつける。 「その黒蝶は監視カメラ付きドローンみたいなものか。()()()()()()()()()()()()()()()()()ことで、無理やり感知範囲を広げた」  「そういうことだ」 「けど、蝶なんて、そんな弱い、なんの術式も付与されてないような式神じゃ、まともな感知なんて……」   「()()()」  即答だった。   「ゆりあ曰く、俺の感知の才能はS級以上らしいからな」   「……はっ」  祓除師たちに手錠をかけられながら、正一郎は自嘲するように鼻で笑った。  ――本当についてない。  自分がビジネスをしている横でS級が遊んでいて、さらに同じ()()の中に、S級をして自分より上と称されるセンサーがいるとは。 「クソ……」   正一郎は肩の力を抜き、項垂れた。  ――それは界隈を騒がせていた人皮売買に、一区切りがついた瞬間だった。    
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