生首さんに憑かれた日々

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 汗だくで歩いたのは、いつぶりだろう。所によっては桜が芽吹いている場所もあり元気をもらえる。幼稚園も小学校も中学も高校も何かに打ち込むことはなかったしムキになることもなかった。今は必死で歩いている。生首さんのことを四歳と七歳が待っていると思ったらいても立ってもいられなかった。歴史が変わる訳じゃないし、もう死んでしまっている生首さんからしたらいつ諦めてもおかしくなかったはずだ。私に声をかけたことがもし運命だったとしたら頑張らない理由はない。おそらく生まれてはじめてだ。何かを成し遂げたいと思ったことも誰かのために行動したいと思ったのも。  生きていられるだけで幸せなはずなのに、死んでも会いたいと思っている生首さんに感銘を受けている。まるで私じゃないみたいだ。 「生首さん、みんなから慕われていたんじゃない?」 「わしは大した領主じゃなかったもん。武芸も学問も大してできなかった。領地だって父上からの受け取ったものだもん。四男であったから領地もそんな拓かれた場所でもなかったし」 「四男だから四郎なの? なら一右衛門は何なの?」 「父上が兄弟みなに一の文字を授けたもん。兄弟みなが何かで一番になるように願いを込めたと言ってたもん」 「素敵なお父さんだったんだね」 「だが、わしは領地も領民も守れなかったもん。駄目な奴だもん」 「そんなことないと思うけどな。結局、人は優しいのが一番だよ」 「ありがとうだもん」  生首さんも私も黙った。今が春で良かった。真夏だったらもうバテていただろう。もう二時間は歩いている。小さな町だと思っていたけど、歩くと広いことが分かる。昨日、川沿いを下ったときも思ったが、自分の町のことも以外とほとんど知らない。はじめて知ったお店や施設、横道や会ったことのない人の顔。私は何にも知らなかった。自分が生きている町のことも。昨日、生首さんに会った城跡だって思い立たなければ向かわなかった。生首さんに感謝しなければならない。すぐ身近でも知らないことは多い。それは知らなくてもいいことじゃなくて、知ったら気持ちが豊かになる。そういったものなんだ。  生首さんは、その気持ちを知っているはずだ。優しい領主が知らないはずがないもの。子供と遊びたくても遊べなかった生首さん。そろそろその願いが叶ってもいいはずだ。 「疲れたぁ……」  歩いて三時間。私は見つけたコンビニのベンチで休憩をとる。 「志乃、大丈夫か? 無理してないか?」  肩の上の生首さんが心配そうに声をかけてくる。 「大丈夫大丈夫。休憩ちゃんととるし。ちょっとおやつ食べれば回復するから」  背中に背負っていたリュックからチョコレートを取り出す。水筒のお茶にも口をつける。 「なんていうか遠足気分」 「志乃がいいならいいが、急ぎではないのであまり無理はするなもん」  生首さんは心配してくるが、そんな悠長にしていたらいつまで経っても終わらない。今日見つけられる確証はないけど今日見つけたい。四百年の終わりは早いほうがいい。 「安心して。ダイエットだと思えばいけるから」 「全く志乃は」  あれ? どこかで聞いたような台詞だ。頭がズキンと痛くなる。何かを思い出しそうになる。 「なんだろう?」 「志乃、どうした?」 「いや。多分気のせい。デジャブみたいなやつだよ」  生首さんにデジャブが分かるか分からないが生首さんは、そうかと呟いただけだった。  二十分休憩。私はまた歩き出す。原っぱまで大分近い。車からでしか見たことない場所。もう少しだ。
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