生首さんに憑かれた日々

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『四郎一右衛門はどんな顔をしているの?』 『見てもつまらんよ』  夢でその言葉を聞いたとき、私は布団を蹴って起き上がった。 「何、今の?」 「志乃、どうした?」  生首さんが声をかけてくる。 「生首さん……、みんなは?」 「散歩に出かけておる。志乃が育った場所を見たいと言うから」  心臓がドクンドクンと鼓動を刻む。 「ねぇ、生首さん、私たち会ったことあるの?」  生首さんは静かに私を見つめる。暗がりでもそれは優しい表情だと分かる。 「志乃が生きる現世ではない。だが、志乃の前世ならばおそらく会っている」 「それは生首さんが生きていた頃?」 「いや、わしはとうに生首になっておった。しかし志乃、どうしてそう思った?」 「……夢を見るんだ。映像はないけど音と手触りだけの夢。その夢で私は確かに四郎一右衛門と呼んだんだ……」 「不思議なものだな。わしが四百年、生首でいた間、一人だけ声をかけた者がいると言ったろう? おそらくそれは志乃の前世。名前も同じく志乃と言った。目は見えなんだが」  私は私の手のひらを見る。 「そうか……。目が見えなかったんだ……。だから映像がないんだ……」 「わしと会ったばかりに前世を思い出したか。本当に申し訳ない。前世も現世も迷惑をかけて」 「ううん。いいよ。その前世の夢で私は生首さんの声しか聞いていないんだ。きっと一人ぼっちだったんだよね」 「うむ。志乃は早くに両親を亡くしたが、目が見えないばかりに周りからは遠巻きにされていた。あまりに憐れでわしが声をかけたら懐いてくれた。何十年も話し相手として過ごした」 「昔の私に身体を探して欲しいって頼まなかったの?」 「目の見えぬ子にそんなことは頼めぬ。志乃は生きるだけで精一杯だった。それでも七十までは生きた。ただ一人、わしを話し相手にしてな」 「そうか……。私は生首さんに世話になっていたんだね。きっと生首さんは生首であったことも言わなかったんだね?」 「そうだ。怖がらせては、また志乃を一人にしてしまう。志乃が死ぬまで黙っていた。二百年も昔のことだ。志乃は志乃だと思っていたが、話すかどうか迷ったもん。志乃は今を生きている。点字の本を見たときは魂は受け継がれるのだなと思ったが」 「やっと答えを見つけたよ」  ベッドを抜け出し、生首さんをギュッと胸に抱く。 「生首さんの身体は見つけてあげるから。お礼のハグね」 「よしてくれ……。小夜が見たら何と言うか……」 「それはそれで面白いね。やらないけど」  生首さんを再び机の上に戻す。 「おやすみ。明日も頑張るよ」  再びベッドに潜る。ずっと見ていた不思議な夢。なぜ点字に惹かれたか。今まで生きていて、私が不思議だった私のことの答えが見つかった。これから先を生きていくには何をすればいいか。朧気だけど形が見えてきた。生首さんに感謝しないと。  朝が来た。 「きゃああああああ!!」  いつもの朝だった。
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