とけて つぶれる

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 二月の真夜中。  永井は自分の上着をそっと庄野へかけてやると、そのまま静かに部屋を出た。  明日はバレンタインデー。アイドル時代のファンは永井を追いかけ、このライブハウスに顔を出すことも多い。明日はバレンタインイベントで多くのバンドマンがライブハウスを賑わす。その中に永井のファンも多く出入りするだろう。忙しい一日になると思いながら、永井は受付の椅子に腰を下ろしてため息を一つ吐いた。  真冬の寒空。利用者は来ない。  永井は煙草を銜え、受付に置かれているパソコンでゲームをしながら時間を潰した。閉店まであと二時間。くぁ……と欠伸をしてゲームにキリをつけると、受付から繋がっている機材庫に入り、整理整頓を始めた。だがそれも早々に終えてしまうと、受付に置かれているフライヤーの整理に手を付ける。イベントポスターの貼り替えも行う。とても暇だ。いつもはもう少し利用者がいるのだが、今日は極端に少ない。  永井はトイレ掃除にも手を掛け、早くも閉店準備を始めた。  ゲームに没頭し、掃除に精を出す。眠る庄野を見て、思い出してしまった男のことを振り払うように、無我夢中を装っていた。  けど、消えることはない。  トイレ掃除を終わらせると、大きなため息を吐きながら、長めに手を洗った。  真冬の水道水。痛いほど冷たい。それでも自分の手を打つ水を見つめ、永井は呆然と立ち尽くした。  自分の行いを反省しているのかと自分自身に問いかけ、違うと否定する。そして結局行き着くのは、佐久間が会社に精通していたのだという事実に憤りを覚えることだった。  舌打ちして水を止めると、真っ赤になって冷え切ってしまった手をペーパータオルで拭いた。  起業した仕事は軌道に乗っている。生活に苦労しているわけでもない。社長という肩書きも手に入れた。毎日仕事が忙しくて、余計なことを考える暇もない。  だけどふとした瞬間に、まるでフラッシュバックするかのようにアイドル時代のことを思い出す。それもこれも、庄野がアルバイトにやってきた半年前からだ。 「あ、やっぱり社長だ」  トイレから出た瞬間そう声を掛けられ、永井はビクっと肩を揺らした。 「すんません、上着。これ社長のですよね」  庄野が受付から、トトっとこちらに駆け寄ってくる。まるで子犬のような無邪気さだ。 「あぁ、俺のだ」  庄野から上着を受け取り、その目を見ないように隣を通り過ぎる。 「響、帰ったんすか?」 「一時間以上前に帰らせた」  なーんだ、と唇を尖らせる庄野に、何か用事でもあったのかと問うと、彼は無邪気に笑い、受付カウンターに乗り出すようにもたれ掛かった。
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