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邂逅。
「絶対に秘密だぜ。お母さんには内緒な」
そう告げると女の人は肩越しに僕を振り返った。手には彼女の背丈程もある巨大な黒い鎌が握られている。病室のベッドで僕は掛布団の裾を掴み、ただただ震えていた。たった今、起きた出来事が信じられない。ゆっくりとその人が振り返る。首元で切り揃えられた髪が涼し気に揺れた。服装は看護師さん達と変わらない。ただ、ふと気が付くと鎌は何処にも見当たらなくなっていた。そして、こんな時なのに床で眠るお母さんはちっとも目を覚まさない。おかしい。どうして。僕を守ってはくれないの。だから心の中で願った。誰か僕を助けて、と。
怯える僕に向かい、女の人は白い歯を見せた。笑顔だと理解するのに時間が掛かってしまう。
「驚くのも無理は無いな。怖かっただろう」
前屈みになると僕の目をじっと覗き込んだ。その瞳は消えてしまった鎌と同じくらい真っ黒だ。明かりはほとんど消えている部屋でも不思議とわかる、深い黒。吸い込まれそう、と頭を過ぎる。
ううん、本当に吸い込まれそうだったのはついさっきだ。突然足を掴まれて目が覚めた。咄嗟に見ると手の形をした闇が、確かに僕の足首を握り締めていた。引っ張られる、誰か助けて、と思った瞬間、この人が現れ鎌で闇を切り裂いた。そして、かなりバタバタしていたのにお母さんは目を覚まさないまま。必死でこの数分間をなぞってみる。この人は僕を助けてくれたの、かな。落ち着き払ってこちらの目を見詰めるばかり。だけど、ふむ、と自分の顎を軽く摘まんだ。そうして背筋を伸ばす。
「君とは今後、何度か会う機会がありそうだ。だが今日はもう眠りなさい」
軽く頭を撫でられる。途端に眠気が襲って来た。遠のく意識の中、人差し指を唇に当てる様子が目に入る。
「くれぐれも、秘密に頼むよ」
優しい声を最後に、僕は再び眠りへ落ちて行った。
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