ある日、ある時、ある写真部にて。

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ある日、ある時、ある写真部にて。

「お疲れ様です。今日は先輩一人ですか?」 「お、来たな田中君。お疲れさん。そして今日は、じゃなくて、今日も、だろ? 大学から認可はされているものの、消滅直前の零細サークル。それが我らが写真部だ。数合わせのために私がかき集めた幽霊部員がほとんどだしな。むしろ通い詰めている君の方が珍しい」 「まあ、そうですね」 「しかし君も毎日部室へ来るなんて、熱心だね」 「居心地、いいですから。あ、先輩、後で課題を教えてくれますか? よくわからないところがあって」 「課題なんて家や図書館でやればいいのに」 「いいじゃないですか。ね」 「ふふん、しょうがないなぁ。お姉さんに任せたまえ」 「ありがとうございます」 「お姉さんにな」 「何で、お姉さん、を強調するのですか」 「いざ他人から言われるとやけに照れ臭いな」 「強調しておいて何を仰いますのやら」 「ところで、いい加減カメラを買う気にはなったか?」 「あー、えーっと、いや全然」 「写真部のくせに何でだよ」 「高いんですもの、ちゃんとした一眼レフのカメラって。それに、先輩が貸してくれるから、まあいいかって」 「ちゃっかりしているぜ。まあ君の意思は尊重するし、零細サークルだから別にいいけどさ。田中君よ。君、実は写真に大して興味が無いだろ」 「……そんなことは無いですよ」 「空いた間が答えになっている。そのくせ毎日部室へ来るなんて、怪しいなぁ」 「怪しいって、何がですか? むしろ先輩こそ、毎日何をしに来ているのです?」 「私は部長だ。そりゃあ毎日来るだろう」 「じゃあ俺も毎日来たっていいでしょう」 「君は部長じゃない」 「部員って立場では一緒です」 「よく口が回るねぇ。まあいいや、来て活動してくれるのはありがたいもの」 「そうです! 先輩は変に詮索し過ぎなんですよ」 「へいへい。ところで田中君よ。そんな熱心な君に、一つ提案があるのだが」 「何でしょう」 「今度、撮影の旅行に行かんかね」 「合宿、ですか?」 「いや、そんな大層なものではない。そもそも幽霊部員どもにそんな熱意は無い」 「つまり……」 「私と君、二人きりの遠征だ」 「……」 「嫌か?」 「そんなわけ、ないでしょ。むしろ先輩がいいのなら、俺は楽しく付いていくだけです」 「ははは、いいね。楽しく、か。その通りだ、大事なことだね。では早速、行先の選定に入るとするか。ちなみに撮ってみたいシチュエーションとか、あるか? あまり興味は無いだろうが、参考までに聞かせておくれ」 「そうですねぇ。綺麗な夜空とか、撮ってみたいです」 「ふうむ、そうなると山の方が空気は澄んでいるのかな」 「あと、湖とかがあったら星空が反射してめっちゃいい感じの写真を撮れると思いません?」 「そんな都合のいい場所、あるのかね」 「調べればわかりますよ。今の時代、ネットで検索したら何でも出てきますから」 「そうかい。あ、あと肝心なことを伝えていなかった」 「何でしょう」 「この撮影旅行だが」 「はい」 「絶対に、他の誰にも秘密だぜ」 「……その心は?」 「男女が二人きりで旅行なんて、変な勘繰りを受けるに決まっている。だから誰にも知られたくない」 「……でも、俺と二人で行ってくれるのですね」 「うん。写真に興味が無いくせに、部活動には熱心な君と、一緒に」 「……わかりました。絶対、秘密にします」 「頼むよ」 「……先輩」 「ん?」 「いえ。じゃあ、探してみましょうか。星空と、それが綺麗に映る湖がないか」 「あるといいなぁ。きっとすげぇ景色だもん。二人でこっそり感動しようぜ」 「そうですね、感動を共有したいです」 「二人一緒に、な」 「はい」
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