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古今東西この世では無機物であるスマホでさえ震えるというのに、その女は一切震えたことなどないのではと思えた。
人形の様に血の気の通っていない肌に精巧なつくりの顔立ち。その表情には感情と呼べるものはどこにもなく常にどこか浮世離れしている。
そして首が折れていた。
ここ数日オレはとてつもない美人の幽霊に付きまとわれている。
「お前、最近弁当小さくねえ?それで足りてんの」
「ちょっと食欲なくて…平気だよ」
「そう?なんか顔色も悪いぞ、幽霊みてぇ」
学食のわかめうどんをすする友人は能天気にそんなことを言った。がやがやと学生でごった返している食堂は活気に満ち溢れているというのにオレの心は安寧とは程遠い。
それもこれも視界の隅にいるあの幽霊のせいだ。ああいうのって見えてるってばれるとよくないんだっけ?
無視し続けて早5日、一向にどこかに行く気配がないどころか段々距離を詰めてきている気がする。
誰かにあれ見えてる?って何回も訊きそうになったが、見えていたらいくらあんな美人でも首の角度が不自然過ぎてすぐに悲鳴をあげているだろう。
ゴマ塩の鮭おにぎりを齧って口を動かすがあまり味がしない。
まずいよなあ、と思う。
この方友人にも親戚にもオカルトに強いだとか自称霊感持ちですら未遭遇である。スマホで検索してもどれもこれもうさん臭く見えて頼る気がうせてしまう。
なるべくネカフェや健康ランドに泊まって一人になるのを避けていたけどそれもそろそろ限界だ。ゆっくり布団で眠りたい。
それよりなにより理解の範疇を超えたこの状況に精神がやられてしまいそうだった。
更に5日経って、元々苦学生寄りの生活をしていたオレの軍資金は底をついた。もうどこかに泊まる余裕はないし、大学に入ったばかりで泊めさせてくれるような友人のあてもほとんどない。
いたとしたって何日泊めてもらうことになるのか不明なこの状況ではそのうち結局どこかで家で過ごす必要にはなったはずだ。
久々に自分のボロアパートに帰宅してカップラーメンを啜りながら溜まったレポートをこなすという日常を過ごした。
夜。気配がして目が覚めると、ついに幽霊はオレの目の前まで来ていた。
ベッドのふちにたってじっとオレを逆さまに曲がった首で見下ろしている。塩やらお守りやら一応準備できるものはしておいたがどうやら無駄に終わったらしい。
金縛りにはなってないなとどこか冷静な頭が考えて、どうしたらいいのかという思いがぐるぐると空回る。
ええい、もうどうにでもなれとオレは口を開いた。
「あの、付け回すのもうやめてもらえませんか」
言った途端ベッドががたんと揺れて心臓が跳ねた。
ポルターガイストってやつだろうか。本当にあるんだ。そんな念力が使えるのだとしたらいよいよますます呪い殺される方向性の嫌な予感がじわじわと現実味を帯びて来る。
しかし、幽霊はぽかんとオレを見た後、首をぐるんと普通の状態に戻して真っすぐな首であらためて小首を傾げた。こうしてみるとただの美人なお姉さんだった。
『見えるの?』
こくりと頷くと、目をぱあっと輝かせてわーい、とかこんにちはとかぺこぺこ礼儀正しく挨拶されてこちらも反応に困った。
だが、幽霊の笑顔もすぐにまたどんよりと曇る。
『あの、でもそれは私が取り付いてる人に言って下さい』
ずずっとベッドの下から這いずる音が聞こえて、誰かが出て来る。
オレは震えが止まらなくなり、じきに気が遠くなった。
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