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それから一週間。
加藤宅にてお呼ばれ、なんてことはなく、俺は久しぶりに颯太の部屋に来ていた。大抵いつも颯太がうちにやってくるので、俺から出向くことはほとんどない。だけど今夜は珍しく颯太が来いと言うから、大人しく出向いてやった。
「いらっしゃい! 待ってたよ!」
颯太が満面の笑みで俺を出迎える。
何故かこの部屋に似つかわしくない匂いが漂っていて、俺は颯太の後ろを怪訝に覗き込んだ。
「あ…はは。気になる?」
そりゃ気になるだろう。美味そうな匂いがしているのだから。
実は今日は、俺の誕生日だ。
お互い仕事だからどこかに出掛けるなんて有意義な一日は過ごせないが、せめて夜は一緒にご飯を食べようと誘われた。何処かに食いに行くのかと思ったのだが……。
「どうぞ、あがって!」
颯太がニコニコと可愛らしい笑みを浮かべて俺の腕を引いた。
え? ちょっと待て。……嘘だろ? まさか、お前……。
案内されるがままリビングへとやってくると、テーブルの上には今夜の飯と思われるものが所狭しと並べられていた。
カセットコンロの上には湯豆腐があり、海老、かぼちゃ、シシトウなど、数種類の天ぷらも置かれている。小さな小鉢にはほうれんそうのお浸し。鮪や鯛のお刺身もあった。
そして、まるでメインディッシュのように置かれていたのは、鯖の味噌煮。
「栗ご飯も炊いたんだよ!」
唖然としてしまった俺に、颯太ははにかみながらそう言った。
「座ってて! ご飯とすまし汁持ってくる」
すまし汁?
ちょっと待てよ、お前。どんだけ作ったんだよ。かといって引き止めるわけでもなく、俺はテーブルの前に腰を下ろした。
一人前にいい匂いはしている。
だが、匂いと味は別物の可能性だってある。颯太は料理をしない。味噌汁に出汁を入れなきゃならないことすら知らないような男で、ハンバーグにタマネギが入っていることを以前、何故か自慢して来たようなヤツだ。
そんな料理音痴が、まさか……
「これ、ホントにお前が作ったのか?」
栗ご飯を茶碗に盛りながら、颯太は笑った。
「お刺身以外はね。猛特訓したんだよ!」
ほかほかと湯気をたてるすまし汁と栗ご飯が俺の前に置かれると、颯太はテーブルを挟んで前に座った。
「たぶん、おいしいはずだよ」
大きな目が気恥ずかしそうに俺を見つめる。
いや……普通にちょっと待ってくれよ。たまらず立ち上がると、俺の分の栗ご飯とすまし汁を手に持ち、颯太の隣に置いた。驚いた目で俺を見上げた颯太は、「いや、突き返さないでよ!」と焦ったように声を上げたが、俺は構わず颯太の隣に腰を下ろした。
「突き返さすわけねぇだろ」
推し倒すことはあるかもしんねぇけど。そう言って颯太の唇に食いつく。
今まで飽きるほど貪り付いた颯太の唇だけど、一向に飽きる気配はなくて、むしろ日に日に俺は颯太に依存して行く。
可愛くて、可愛くて、可愛くて、可愛くて、仕方が無い。
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