今夜はご馳走

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 ベッドの上で声を出す颯太を、もうどれだけ見てきただろうか。  この瞳を、この髪を、頬を、唇を、温かいその手を、なめらかな肌を、艶かしく動くその腰を飽きるほど抱いたはずなのに、俺は毎回激しく興奮する。  誰にも渡したくないと、生まれて初めて ”独占欲” というものを知った。  この欲は厄介な感情だと、痛烈にそう思う。 * * * * * 「いい加減に掃除しなよ!」  散らかった部屋の入り口で颯太は仁王立ちして声を荒げた。 「何度も言うが気になるならお前が掃除しろ。俺はこれで快適なんだよ」  ”原子力と核の真実” に栞という名のボールペンを差し込むと、俺はデスクのチェアを立った。 「どこ行くの」 「風呂」  颯太の隣を通り過ぎ風呂に向かう途中、ちょこちょことヒヨコのような颯太の頭が俺の後を追ってくる。  ついてくるな、とは思わない。可愛いヤツめ、なんて言うはずもない。少なくとも、今は言わない。  服を脱ぎ、どこひとつ隠すことなく風呂の扉を開くと、颯太も慌ててその後についてきた。  なんでお前も入ってくるんだ、とは思わない。可愛いヤツめ、なんて言うはずもない。  そう少なくとも……今は。 「お湯張ってないじゃん! 入れようよ~、さすがにシャワーだけはそろそろ寒いよ」 「勝手にしろよ」  俺はシャワーの栓を捻って頭からお湯を被った。 「そうする~。って、いや、シャワー使ってたらこっち出ないでしょ?」  浴槽のカランを捻ろうとして、颯太はムッとこちらを見上げた。 「うっせぇなぁ」  俺はシャワーの栓を閉じ、からっぽの浴槽に入ると湯を溜め始めた。同じように颯太も中に入ってきて、俺の膝の上に向かい合わせに腰を下ろす。 「いや、近すぎるだろ」 「いいじゃん。西くん僕の彼氏だろ?」  俺の首に手を回し、可愛い笑顔で俺を見る。……たまんねぇな、この笑顔。好みどストレートだ。どうやったら、こんな顔の人間が生まれてくるんだ。そういう本、売ってねぇかな。  遺伝子の本、一度買ってみるか。そういえばまだ読んだことないかも。 「ねぇ、西くん」  俺の髪を指に絡め、颯太は犬のような丸い目を甘えた眼差しに変えると、じっとこちらを見つめてきた。  こういう顔を見ると、らしくもなく優越を感じる。菊池には、絶対に見られない颯太の顔だ、なんて……本当にらしくもなく優越なんてものを感じてしまう。  この感情は何なんだろう、と、いつも疑問に思う。颯太といると、俺は少し俺じゃないみたいだ。  可愛い  可愛い  可愛い  可愛い  このバカみたいな感情は、俺を完全に狂わせる。 「……なんだ」  それでも平常心を保って返事をする。  すると颯太は唇を噛むようにはにかみ、「あのさ…」と言葉を探すように目をキョロっと動かし、また俺を見た。 「西くんの好きな食べ物って何なの?」 「は?」
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