小話:捻矢印

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小話:捻矢印

 休み時間でざわめく教室。  雑多な生徒を掻き分けて、藤村キラリは恋慕(れんぼ)の眼差しを注ぐ。  彼女がご執心の相手は一人の少女。愛くるしい見た目と立ち振る舞いに、眠っていた庇護欲(ひごよく)が刺激されてしまう。  (なお)、少女といえどキラリよりも年上。実年齢も肉体年齢もあちらの方が先輩にあたる。  間宮留見。  控えめで大人しく、時折いじらしさも垣間見せる。キラリの好みにど真ん中ストレートだった。思い切り抱きしめて可愛がりたい。朝から晩まで愛を語り続けたい。  などと、気持ち悪い欲望がノンストップだ。手を出す勇気もないくせに、脳内では一糸纏わぬ留見をこねくり回すばかり。ある意味平和的ではある。非生産的な妄想で(えつ)に浸る毎日だ。  自分が百合(ゆり)趣味だと気付いたのは小学生の時だった。  集団生活に馴染(なじ)めず、虚飾まみれの仮面を被り己を偽り続ける日々。いつしか虚言癖が身についてしまい、それが高じて早めの中二病に罹患(りかん)した。  演じたのはミステリアスなキャラクター。占いをはじめとしたオカルトごとに手を出して、それをアイデンティティとして構築していった。  無論、(まゆ)(ひそ)めるクラスメイトもおり、特に活発を地で行く男子からの受けは最悪。陰気で薄気味悪い根暗女。それが忌憚(きたん)のない彼女の評価だった。  一方で、キラリのキャラクターに興味を持つ者もそれなりにいた。特に大人しい性格の女子からの受けは上々。崇高なる力に導かれし孤高の乙女。それが取り巻きの抱いていた偶像だった。  閉じた集団の中で深まる友情、親愛、そして……。  気付けばキラリの中で百合が芽生えていた。  元々素質があったのかもしれない。  環境が最後の引き金を引いただけなのかもしれない。  どちらにせよ、中二病がきっかけで同性愛に目覚めてしまった。  とは言ったものの、コミュニケーション能力に難ありの小学生女子だ。一線を越える失態はなく。それどころか、自身の愛を告白することもできず。悶々(もんもん)ともどかしい日々を送ってきた。  そうこうしている内に、嘘から出た(まこと)よろしく〈怪異持ち〉と判明してしまう。ただの中二病演技だったはずなのに。〈怪異能力〉の目覚めを喜んでいたのも束の間、敢えなく〈鉄檻〉に隔離されてしまった。  梅組という最底辺への編入は心外だった。思春期特有の全能感を、真っ向から全力で否定されたのだ。怒りと悔しさがない交ぜになって狂いそうだった。  絶対いつか見返してやる。  そう心に誓うも、〈怪異能力〉に瑕疵(かし)ありなのもまた事実。松組や竹組に狙われればひとたまりもない。同級生さえも牙を剥いてくるかもしれない。故に自身を、〈鉄檻〉を陰から支配する強者と(かた)り、外敵を寄せ付けぬよう嘘のバリケードを築き上げてきた。  そんな殺伐とした中で出会ったのが間宮留見だった。  三つも年上の先輩相手に一目惚れしてしまった。大した能力もないくせに、守ってあげたい愛してあげたい、と劣情混じりの願望が湧き出してしまう。  ホント、何もできないくせに、ね。  好きな相手がいじめられていたのに。キラリは手を差し伸べられず、指を(くわ)えて見ているだけだった。  得意の強者演技で追い払うことすらできない木偶(でく)(ぼう)。  怖かったのだ。  集団に馴染めぬ生来の性格と、無法地帯に等しい〈鉄檻〉の環境。  キラリは敵前のヤドカリのように委縮し、口だけ達者な中二病患者になっていた。  その意味では、巴坂魅命の登場はターニングポイント。全てがひっくり返った大転換点だった。  留見を魔の手から救い出し、元来の明るさを取り戻してみせた。自分には到底できぬことを、さも当然のようにあっさりやり遂げてしまったのだ。  だが、それ故に腹立たしい。  私の留見さんを独り占めするなんて、許さないんだから。  あの一件があってから、事あるごとに留見と魅命が一緒にいる。羨ましい妬ましい。私が先に好きだったのに、と。  だからこそ、魅命との既成事実を作りたかった。  もちろん、彼に見抜かれた通り、最強を名実共にするのも目的だった。が、一番は留見と引き離すこと。自分と恋仲という噂が立てば、魅命の行動を縛り大幅に制限できる。間違っても留見と仲良くなろう、なんて二股疑惑を誘発させる選択はしないだろう。浮気者の(くず)男という烙印が押されること必至。いつもすかした態度の彼だが、悪目立ちだけは避けようとするはず。そんな打算からの行動だった。  結局のところ、大失敗だったのだが。  どうしたら、私の恋は実るのよ。  愛しの留見が、憎き魅命と楽し気に笑っている。視界に入るだけで無性にイライラしてくる。我慢ならない。  感情に任せて、彼の背中へ跳び蹴りを食らわせる。だが、その肉体は鋼のように頑強だ。逆にこちらの足にダメージが反射してくる。 「~~~~~っ!」  滅茶苦茶痛い。じーんと(しび)れも伝わってくる。  だが、ここで悲鳴を上げては格好悪い。強者のイメージが丸潰れだ。涙目で歯を食いしばり我慢する。   「急に何のつもりだ」 「き、決まっておろう。我からの宣戦布告だ。学園最強の座をかけて決闘を申し込んでいる。いざ尋常に勝負といこうじゃないか」 「いや、普通に断るが」 「な、なななっ。なんとぞんざいな返答、我を愚弄(ぐろう)する気か!? お天道様が見逃しても、この聖なる鏡は見逃さぬぞ!」
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