小話:捻矢印

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 魅命の鼻先へと掲げるのは、首から下げた白銀に煌めくペンダントだ。小さなコンパクトミラーを改造したお手製のアクセサリー。最強の〈怪異持ち〉を演じる上で必須のアイテムである。因みに特別な効果は何もない。もちろん、〈怪異能力〉との繋がりも皆無。完全に単なる飾り、キャラ作りの見栄え以外何物でもない。 「だから知らん」 「だーっ、もう! そういうところが気に入らないのよ!」  思わずもう一発。背中に蹴りをお見舞いだ。今度は回し蹴り。結果は案の定、こちらだけの損耗(そんもう)で終わった。 「~~~~~~っ!」  激痛でのたうち回る。  それでも絶対に悲鳴を上げない。  誰が何と言おうと、強者という設定を曲げる訳にはいかないのだ。 ※  眼前で行われるドタバタに、井之口舞生は目を爛々(らんらん)と輝かせていた。  魅命に挑み蹴りを食らわせるキラリ。梅組最強のダークホースと威風堂々我が道を行く挑戦者。キャラクターの濃い対戦カードに、男子心が熱く燃え(たぎ)ってしまう。  少年漫画にありがちなトーナメント戦、その一場面を想起させる。謎に包まれた実力者と対決するライバルキャラ。主人公そっちのけで盛り上がること間違いなしのバトルだ。  手に汗握る展開に何度興奮しただろうか。空想の世界だけだと諦めていた景色が、今そこにあるのだ。胸の鼓動が十六分音符で脈打っている。  だが、舞生を熱くさせる理由はそれだけではない。  魅命は憧れの〈怪異持ち〉だ。彼のように強くなりたい。少年漫画の主人公に自己投影、その影響を受けて必殺技を真似するように。理想の自分になるために、燦然(さんぜん)と輝く指標として尊敬している。  それに対してキラリは、(ほの)かな恋心を抱いている相手である。普段からクールで凛とした佇まい、そして周囲とは一線を画す生き様に衝撃を受けた。憧れとは別種の、幼心に芽生える初恋の第一歩だった。  でも、ボクなんて不釣り合いだよね。キラリさんにはもっといい人がいる。それこそ、魅命さんみたいな……。  舞生は自分の感情をぐっと押し込める。  年下というのもさることながら、女子のような自分を好きになってくれるはずがない。無責任に好意を向けたら迷惑だろう。  自分を卑下(ひげ)して諦めの境地だ。  なお、舞生は知らない。キラリがただの中二病患者であり、本心はむしろ後ろ向きで強がりなだけ、という事実を。  勇気が持てず気持ちを伝えられない。似た者同士、通じ合える面もあるだろう。しかし惜しむらくは、お互いの矢印が噛み合わないということか。  学生達の苦難は続く。
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