第三章:我欲乱隆起

1/10
前へ
/66ページ
次へ

第三章:我欲乱隆起

 芽生え始めの青嵐(あおあらし)吹き抜ける朝。  学生寮から校舎までの短い通学路。簡素な連絡通路の左手には、緑に染まりつつある桜並木。地面では散った花びらが枯れて干からびていた。  周囲に人影はない。別校舎の松組はおろか、竹組も梅組も誰一人として出会わない。それもそのはず、授業開始まで二時間以上ある。身支度をしている者、布団の中で惰眠(だみん)(むさぼ)る者。未だ学生寮にいる生徒が大半だろう。  普段の俺も悠々と朝食を味わっている時間だ。本当ならもう少し眠るつもりだったが、早くに目が覚めたのだから仕方ない。早起きは三文の徳。二度寝するよりも有意義のはず、と思っての行動だ。もっとも、特段やることがないので大差はないだろう。因みに三文とは、現在の金額で百円に端数がちょっと。ジュースが一本飲めたら御の字である。学内ポイント扱いで加算してほしい。 (ことわざを大真面目に考えちゃって。守銭奴(しゅせんど)にでもなったのかい?)  鈴を鳴らしながら、ヴェノの下半身が絡みついてくる。朝っぱらから鬱陶(うっとう)しい。  一ヶ月一万ポイント。手持ちには限りがある。どんぶり勘定で浪費するよりかは殊勝(しゅしょう)ではないだろうか。  まぁ俺の場合、心配するほど金遣いは荒くない。むしろ必要最小限しか消費しない。無趣味で物欲もなく、寮の個室も殺風景のままだ。ポイント残高も来月まで食い繋げそうなくらいある。  などと、毒にも薬にもならぬ思考を巡らせていると、校舎側より二人分の人影が現れた。大欠伸(あくび)をするミスターTと、すんと澄ました寺骨だ。校舎と学生寮の連絡通路でばったり鉢合(はちあ)わせた。 「よぉ~、朝も(はよ)からご苦労さん。昨日も派手にやったらしーじゃねーか」  ミスターTは皮肉な笑みを浮かべている。  竹組の増入及びその手下二人を叩きのめした件についてだ。何か物申したいことでもあるのだろうか。   「その節は御迷惑をおかけしましたね」 「別に気に病む必要はねーよ。生徒同士のいざこざなんぞ教師は我関せずさ。無論、オレらの職務に支障が出ない限りだけどな」 「それは、死人が出るような大事になったとしても……って意味ですか?」 「程度によるね。一人二人なら多少のペナルティで済むだろうが、クラス丸ごとレベルとなりゃあ相応の処罰が下る。こっちにも一応監督責任があるからな」  物騒で倫理観の欠片もない話を飄々(ひょうひょう)と語る。  これが〈鉄檻〉の姿勢なのだ。〈怪異持ち〉にろくな人権はなく、生徒同士の問題は自力で解決しろ、というのが基本。弱肉強食の自然界と大して変わらない。教師達にとっては対岸の火事なのだ。支配層に危害が及ばない限り法は機能しない。 「あ、ついでに一つ。今日の授業、お前は見学だからな」 「何故ですか?」 「戦闘訓練だからだよ。お前が参加すると面白く――ぐぇ」  隕石落下。寺骨の鉄拳がスキンヘッドを殴り飛ばす。 「……お前が参加すると、授業にならないからな」  たんこぶを(さす)りながらミスターTは言い直す。  その判断は御尤(ごもっと)もだろう。俺の場合、〈怪異能力〉ではなく召喚である。ただでさえヴェノは強大で凶悪な怪異だ。そのため、並大抵の〈怪異持ち〉では歯が立たない。こちらとしても下手に呼び出せばリスク大。できれば召喚したくない。 (つれないねぇ。私の力を全開放して一騎当千、無双すればいいじゃないか)  授業で本気を出すつもりか、大人げない。  そして隙を見て現世に出ようとするな。昨日我慢できなかったくせに。 「つー訳で、本日もよろしくってことで」  掌をひらひらさせながら、ミスターTは気怠(けだる)げに立ち去ろうとする。 「ひとつ、聞いてもいいですか?」  隣を通過する担任教師へと硬い声音で問いかける。 「授業内容が戦闘訓練に偏っている気がするのですが、何か特別な理由があるんですか?」 「そりゃあ、どういう意味だ?」 「言葉の通りですよ」  ミスターT、そして寺骨が歩みを止める。  殺気を帯びた空気が、切り込んではならぬ話題なのだと暗に伝えてくる。 「この一週間ちょっとの間、怪異に纏わる授業を受けてきました。その中で、対怪異を見据えた実技が半分以上を占めていました。昨日に至っては四コマ連続です。普通の学校で喩えるならほとんどが体育、さすがに偏っているんじゃないですか?」  ずっと違和感があった。  ミスターTの授業はいい加減の極み、座学は退屈で爆睡する生徒もいるほどだ。しかし、どんなに態度が悪くとも、戦闘訓練だけは欠かさない。サボりを許さぬ勢いだ。コマ数の多さも相まり実技偏重に思えてならない。 「お前ら〈怪異持ち〉は〈浄霊師〉見習いって扱いになるからな。戦えなければ無意味で無価値。自然と授業もそうなるさ」 「では、もう一つ。その見習い自体、多過ぎやしませんか?」  違和感の二つ目、それは〈浄霊師〉の供給過多だ。  発端は〈百物語事件〉というイレギュラー、対症療法よろしく決まったのが〈鉄檻〉とその目的。とはいえ、名目上は怪異に立ち向かうプロフェッショナルの育成。最終的には現場での運用が視野に入っている。  だが、そこで問題になるのは、何のために仕事をするか、である。  主な職務となるのは怪異の討伐になるはずだ。しかし、名のある怪異の大半は、生徒達各々の魂と融合している。つまり、狩るべき相手が大していないのだ。全校生徒六十名もの見習いが必要だろうか。首を傾げざるを得ない。 「いやいや、これでも少ないって判断だよ。ただでさえ〈怪異持ち〉は未知の存在。全員が〈浄霊師〉として使い物になるとは限らねーし、案外全員怪異に食われてお陀仏(だぶつ)かもしれねーからな」 「それを未然に防ぐのが〈鉄檻〉の意義なのでは?」 「さぁてね。ここだって突貫工事で設立されたんだ。大人には大人なりの都合と責任がある。臨機応変にやらないといけないってことさ」
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加