第一章:暗黒譚始動

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「結局のところ、オレ達〈浄霊師(じょうれいし)〉の力がないと、ろくに対処もできない。そんな流れで、お前らを教育しなきゃいけない仕事が舞い込んだって訳だ」 「こちらとしては、入学希望を出した覚えも教員を指名した記憶も、さっぱりないんですけどね」 「そりゃあ、〈怪異持ち〉には人権がなきに等しいんだから、当たり前の話だろ?」  怪異に対抗できる者達を〈浄霊師〉と総称する。ミスターTのような僧侶をはじめとして、神主や巫女、神父や修道女などが多く当てはまる。無論、宗教関係者以外にもいるのだが、分類に関しては大変複雑なので割愛。怨霊、妖怪、悪魔退治。要するに、古来より人々の生活を守ってきた仕事人達なのだ。  この〈怪異能力特別育成学園〉は、〈浄霊師〉を率いる巨大組織が国の要請を受けて運営している。その名の通り、怪異を発端とする異能力を駆使する者――〈怪異持ち〉を育成するための施設だ。  その目的は浄霊師見習いの育成とされている。  慢性的な人手不足の解消と、危険な〈怪異持ち〉を管理下に置くため。若人(わこうど)それぞれの意志は無視されて、強制的に進路を決定づけられた。  子どもの権利もへったくれもない。  だが、それも仕方のないことだろう。  度重なる常軌(じょうき)を逸した事件事故により、世論は〈怪異持ち〉を恐れて迫害の一途を辿っている。それに応える形で超法規的措置がとられたのだ。(いわ)く、〈怪異持ち〉は人心に潜む獣害の類。魂が怪異と同化しているのなら、それは純粋な人間ではない。よって、〈怪異持ち〉の人権は剥奪(はくだつ)されたも同然になった。 (文字通りの一心同体。引き剥がすのは不可能だからね)  以前は〈怪異持ち〉の魂から怪異を切除する方法を模索していたらしい。しかし、魂の融合は複雑怪奇に絡み合っており、生半可な手段では分離不可能。滅するか封印するかとなれば、憑りつかれた子どもを巻き込んでしまうため却下。それならば、〈浄霊師〉関係の人材として活用した方がいい。という結論に至ったらしい。  人と怪異が混ざり合った化け物を再利用。大衆は平和を享受(きょうじゅ)できて一石二鳥という訳だ。無駄と倫理観のない発想である。  抗いようがない。歯向かえば今度こそ犯罪者として処罰、怪異ごと滅されるか封印されるかが関の山だろう。 「さて、ここまでが前置きなんだが」  ぱん、とミスターTは手を打ち鳴らすと、 「お前の〈怪異能力〉――明らかにおかしいよな?」  声色を変えずに本題を切り出した。  気付かれていたか。  内心舌打ちしながらもポーカーフェイスを崩さない。表情筋が死に絶えているのもあるだろう。  無言を肯定と判断したのか、ミスターTは続ける。 「本来〈怪異能力〉っつーのは、自身の生命力をエネルギー源に、怪異の一部を行使するってことだ。なのに、お前は怪異そのものを呼び出している。(たと)えるなら、ウイスキーをハイボールにせずストレートでぐびぐび飲んでいるようなもんだ」 「飲酒の経験がないので、その表現はいまいち分かりかねます」 「危険だって言っているんだ。つーか、それくらい自覚しているんだろ?」  当然、リスクは承知の上だ。  より正確に言うなら、危険性を理解しているが、好き好んで召喚した訳ではない。  どういう訳か、俺は〈怪異能力〉が発現しなかった。おかげで代わりとばかりに、怪異本体が出てきてしまう。こちらとしても困惑の極みなのだ。 「今のところは大丈夫ですよ」  召喚するのはごく短時間。コンマ数秒の早業だ。それ以上は暴走する可能性を多分に(はら)んでいる。 「だったらいいけどな。慢心は厳禁。軽く構えていると、いつか内側から食い破られて死んじまうぞ?」  安っぽい(おど)しではないだろう。怪異を野放しにすれば死人が出る。本来の力を取り戻せば尚更(なおさら)だ。そして、いの一番に狙われるのは、それを宿している〈怪異持ち〉本人である。  そもそも、怪異と魂が融合していること自体がイレギュラーそのものだ。現状は〈怪異能力〉として昇華しているが、何かの間違いでいつ暴走するとも知れない。心の隙間を狙われて不意打ちの復活か。あるいは順当に力を取り戻して()い出てくるか。普通の生活を送るだけで命がけ。日々断崖絶壁(だんがいぜっぺき)の綱渡りだ。 「命の保証がないというのは、俺の能力の是非(ぜひ)に関わらないと思いますが?」 「お、鋭いじゃねーか。ここじゃあ生徒が死ぬのもよくあることだからな。〈浄霊師〉の仕事ってのはそういうもんだし、〈怪異持ち〉には人権がないってのもあるな。治安は最悪だと覚悟した方がいいぞ」  人智を超えた力を持つ者達が、閉鎖的な空間に詰め込まれている。鬱憤は溜まるばかりだろうし、学生同士の衝突は必至。無法地帯も同然になるのも頷ける。  世間の悪評そのままだ。  果たして無事学校生活を送っていけるだろうか。(はなは)だ疑問である。 「そろそろ時間です」 「マジか」  寺骨が時計を確認し、ミスターTは面倒くさそうに顔を(しか)める。 「もう授業が始まるのか。あー、行きたくねーなー」 「サボらないでくださいよ」  自堕落なぼやきを漏らし、またもや拳骨(げんこつ)を食らっている。一発目と二発目を合わせて、アイスクリームの三段重ね(トリプルコーン)よろしくたんこぶタワーの完成だ。 「ところで、俺のクラスってどこですか?」 「ああ、梅組だよ。松竹梅の梅。一番ランクが下ってこと。お前みたいな落ちこぼれが十人十色で揃っているぞ」  なるほど、落ちこぼれか。  何故か〈怪異能力〉が使えず、直接召喚という危険行為に及ぶ。となれば、問題児扱いになるのも当然か。 (正直なところ、()に落ちないんだけどねぇ)  もっとも、いくら不満があろうとも反抗する気は毛頭ない。声を上げたところで何も変わらないのだ。やるだけ無駄、骨折り損のくたびれ儲けでしかない。  もう感情には流されない。  余計なことに首を突っ込まない。  絶対に、だ。
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