幸せな私の幸せじゃないおもいで

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 思い出と同じように目を覚ます。暖炉の日は消えており、室内はすっかり暗くなっていた。すぐに寒気も察知し、定番の動作で暖炉の前に急ぐ。もちろん、ミリアおばあさまは起こさないよう忍び足だ。  暖炉の角、そっと感触を手繰る。あっさり見つけた箱から、マッチを一本出した。そっと擦り、淡い火を灯す。闇にぼんやりと浮かぶ火は、まるであの日のおばあさまだ。  微笑みながら、暖炉に火を預ける。枝も一緒にくべると、炎は少し大きくなった。  こんな幸せの形があるなんて、夢ですら思わなかった。   「アンヌ、おはよう。いつも悪いねぇ」  背中に柔らかな声を浴び、振り向く。すぐには起き上がるのが辛いらしく、ベッドに潜ったままのおばあさまが私を見ていた。瞳の中、仄かに宿るオレンジ色が優しい。 「いいのよ。私、暖炉の火を見るの好きだし」  おばあさまの目覚めを合図に、椅子を立つ。 「朝ごはんを用意するわね。食べ終わったら、今日も山へ薪探しに行ってくるわ」 「ありがとう。本当にありがとう。いい暮らしをさせてあげられなくてごめんね」 「いいえ、十分に素晴らしい暮らしよ。私、今これ以上ないってくらい幸せなの」    私は少しだけ昔、ミリアおばあさまに拾われた。町が白塗りされはじめた、冷たい雪の日だった。指も足も、砕けそうだったのを覚えている。  厳しいお父様の言いつけで、私はマッチを売りに出ていた。けれど、その日は一つも売れなかった。  そんな状態では帰れず、脳まで凍りそうになっていた私は、一本だけと決めてマッチを擦った。そこで、あの豪華な食事を見た。  空腹を極めた状態で見てしまうと、歯止めが効かなくなるらしい。その後も私は、幾つもの景色を眺めた。  おばあさまが助けてくれなければ、きっと私はマッチと同じになっていただろう。  それだけじゃない。おばあさまは、帰れないと泣く私に居場所まで与えてくれた。自分の生活だって大変なのに、惜しみ無く分け与えてくれた。    素晴らしい幻想の数々は、記憶に焼きついてしまったらしい。雪が降る度に、あちらから勝手に現れた。  確かに、おばあさまに出会うまでは私だって思っていた。色とりどりのご馳走があれば、ふかふかな毛布があれば、快適な部屋があれば、幸せになれるのにと。  けれど、それらがなくとも私は幸せになれた。 「ミリアおばあさま、大好きよ」 「私もだよ、アンヌ」  大好きな人と、同じ味のスープで繋がれるなら。それだけで十二分に。
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