0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
今に戻って、定番のスープをまた一口含む。やはり、私の舌に喜びをくれるのはこれしかないようだ。
「さぁ、夕ご飯も終わったことだし、本を読みましょう。おばあさまどれがいい?」
簡素な棚には、三冊の本がある。どれも、歴史があって大好きな本だ。表紙は薄れ、時々ページも落ちるけれど。おばあさまとの時間に喜びを与えてくれる宝物だった。
おばあさまは、タイトルを空で唱える。実は、おばあさまはあまり目がよくない。だから、いつも私が音読して、物語への案内をした。
他の娯楽はないけれど、退屈なんて感じたことはない。火の番はあるけれど、同じ世界に浸れるこの時間もお気に入りなのだ。
娯楽と言えば、あの景色も思い出す。
たくさんの紳士淑女が、うっとりと手を取り合っていた。華やかな衣装を着て、舞台のような城でダンスしていた。軽やかなターンは、紅茶をかき混ぜるスプーンのようだった。
目の前の王子さまと目が合う度、何度浮き上がりそうになっただろう。
それから、緻密な演劇も思い出す。あまりに見事な、世界の複製に驚いたものだ。軽々と、違う世界に飛んでいってしまいそうだった。
そんなことはなかったけれど。それどころか、王子も役者も、今じゃ誰の顔も思い出せないけど。
「アンヌ、今日も素敵な朗読をありがとうね。アンヌは本当にいい声をしてるねぇ」
「ありがとう。喜んでくれて嬉しいわ。それじゃあ、そろそろ眠りましょうか」
本を閉じて、優しく棚に戻した。太めの薪を一つ、暖炉に放り込む。枝のようには飲み込めないらしく、炎はそっと乗っかった。
ミリアおばあさまの杖となりながら、ベッドへと移動する。暖炉に近い方が、おばあさまの専用席だ。
軋みに歓迎されながら横になる。ぴったりと肩をくっつけ、パッチワークだらけのシーツを被った。炎から少し遠ざかったせいか、早々体が冷えてくる。だから、熱を逃がさないよう更にくっついた。
目を閉じると、またもあの日を思い出す。
ストーブは美しく燃えていて、私が管理せずとも色を灯し続けた。その時だけは、体をまっすぐに伸ばしてベッドに潜れた。
跳び跳ねられそうなマットレスに、羽根のように軽いのに温かいシーツ。両方から抱き締められば、一瞬で夢の中へと到りついてしまう。
けれど、到着した先は幸せな夢ではなかった。真っ暗で、方向も角度すらも分からない闇で、私は迷子になった。
そんな暗闇から私を引きあげてくれたのが、ミリアおばあさまだった。
最初のコメントを投稿しよう!