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一ヶ月後
「殿下、ご報告がごさいます」
「なんだ」
王宮にある温室で薬草の世話をしていると、ダリが現れた。白衣を纏い、完全に研究者モードに入っていたので、ダリの言葉はあまり入ってきてはいなかった。
西部の疫病は早期に対策を講じたため、蔓延はしなかった。俺が長年研究をしていた魔界の薬草から作れるハイポーションが病魔に効果が見られたので、配合を調節したのち薬が西部へ届けられる予定だ。疫病は間も無く終息するだろう。
このポーション、まだ研究の途中だが、大きな怪我を治せる配合。今回のように一部の病魔に効果が見られる配合があり、とてつもない可能性を秘めている。しかも魔界でしか採取できない薬草で作られた完全な魔界産。将来的に有用な取引材料になるに違いない
「ブラッドリーが通信魔法の新しい術式を発見しました」
「そうか」
「おや、あまり驚いてはいませんが……ご存じだったのですか?」
「いや、初耳だ。だが、一ヶ月もあれば術式を構築するだろうとは思っていた。」
「流石殿下。先見の明ですね」
新しい薬草達の鉢を整えると、俺は立ち上がり白衣を脱いだ。
「ブラッドリーを労わねぇとな。執務室へ呼んでくれ」
「かしこまりました」
魔界で通信技術が確立すれば、より手軽に、より早く情報の伝達を行える。術式が多少コンパクトになっていればそれでいいが……
「これが新しい通信の術か?」
「は、はい、殿下」
ブラッドリーは相変わらずもっさりとした髪をしており、陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
ブラッドリーが持ってきたのは手のひらに収まるほど小さい手鏡だった。
ダリと二人で使い方の説明を受け、実際に使用することができた。鏡の中に相手の顔が映るのだ。これまでは音声だけだったのに、いきなりビデオ通話を作ってくるなんて……やはりブラッドリーは天才というヤツなのだろう。
吸血鬼の血族で、天才で、前髪をどければどうせイケメンのはず。こんなにキャラの濃い奴がゲームのストーリーに出てきてないなんておかしい。
……もしかして追加キャラか?確かに魔界組はレイドルフとダリしか攻略できるキャラクターがいなかったから十分あり得る。
「これはどれほどの距離まで通信可能だ?」
「距離の制限は特にありません。でも、個数が増えると連絡したい相手に繋がらない可能性があるのでまだまだ改良の余地があります」
「そうか。ところでブラッドリー、この手鏡の存在を他の者には話したか?」
「いえ、信用してない…ですから」
ブラッドリーの声色が変わった。
「研究所の奴らとは仲良くなれなかったか?」
「親切な人もいたけど……僕みたいなのが殿下のすすめで入ってきたのが気に食わないみたいです。何かされたわけじゃないけど」
「俺のことは信用しているのか?」
「で、殿下は高貴な身分にも関わらず、僕の前で膝をつき、僕と話そうとしてくださいました」
「そうか。ブラッドリーお前ならこの通信機の危険性はわかるか?」
「……はい。どこにいても情報共有が可能になりますから」
「情報は力だ。これがあれば戦争もさぞ楽になるだろう。人間界に技術が流出すれば、戦乱の時代になるだろうな」
「……」
「というわけでブラッドリー、これに解析しようとすると爆発する術式をねじ込めるか?」
笑顔でそういうと、ブラッドリーは呆気に取られた様子だった。
「出来ますが、危険では…」
「もちろん大々的に注意喚起はする。それでも解析しようとするならあとは自己責任だろ」
横でダリがクスクスと笑いを堪えている。
「こういう時、殿下は陛下とそっくりな顔をしますね」
「親子だから似てて当たり前だろ」
ムッとして、ダリを睨む。
「ブラッドリーそういうことだ。あとは頼むぞ。完成品に認可が下りれば、俺の名で学園へ推薦する。ああ、入学までの間にマナーと学問の基礎は身に付けねぇとな。あの学園は貴族が多いから……ダリ、家庭教師をつけてやれ。人選はお前に任せる」
「承知しました」
「ブラッドリー王宮内に自室があったほうがいいだろう。使用人部屋を一つ貸すが、どうする?」
「え?いいんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます。王宮の研究所や書庫には面白い物がたくさんありますから、寝泊まりできる場所があるのはありがたいです」
「よし、決まりだ」
立ち上がり、ブラッドリーの頭をポンポンと撫でた。
「頑張れよ」
「は、はい、殿下。ご期待に添えるように頑張ります」
その後、しばらくしてブラッドリーの開発した通信魔法に認可が下りた。とはいえ、使用出来る者はまだ限られた者達で、王宮の一部の者達で試験的に導入をしてみた。意外にも一番喜んだのは父だった。
「これでどこにいてもレイくんとお話しできるね!」
との事で、公務中、外出中、果ては寝る前など用もないのに連絡が来るようになってしまった。この魔法、常に魔力を使うのであまり長時間使うのに向いていないのだが、父の魔力量は膨大なので一向に終わる様子が無い。このままでは執務に影響が出る。
「父上、あまりしつこいと嫌いになりますよ」
そういうと連絡がなくなった。少し言いすぎたか?いやいや、甘やかすとつけあがる!
そう思い、数日放置しているとある日の晩餐、父がおもむろに話を切り出した。
「レイくん、私はしばらく南部のグリス地方へ視察へ行くからお留守番を頼むよ」
「え?」
突然どうしたのだろう。魔王がわざわざ出向くなんて、何かあったのだろうか?
グリス地方は海に面しており、交易が盛んな地域だ。魔界全体の流通の核とも言えるアストラーゼ港がある。人間達が侵入してくるのもグリス地方の港からが多く、海を渡れば人間達が住む大陸に最短でたどり着ける。
「何かあったのですか?」
「少し気になることがあって」
濁された。俺には言えないということか?それともこの前の事を根に持ってるとか…
「わかりました。気をつけて行ってきてください」
「うん、お土産たくさん買ってくるね」
父はそう言い残し、数日後数名の家臣と共に本当に出かけてしまった。
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