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バルコニーでダリの淹れたお茶を飲みながら考える。
気になる事とはなんだろうか?南部の地方と言えば……最近何かあっただろうか?
記憶の中から最近の報告書を思い出し、閉じていた目を開いた。
「そういえば…最近アストラーゼ港で水害があったな」
「ええ、堤防が老朽化で崩れてしまったとか」
老朽化ねぇ…
「ダリ、すぐに調べてくれ」
「かしこまりました」
ダリはこちらの考えを読み取ったのか、一礼するとバルコニーから出て行った。約一時間後、ダリは資料を持って戻ってきた。
「殿下、お待たせいたしました。例の堤防について調べてきました」
「ありがとう」
資料を受け取り、ざっと読む。
「国からかなりの金額が出てるな」
「ええ、嵐と長雨の影響で崩壊してしまったそうなのですが……」
「そんな重要な場所の堤防がそう簡単に崩れるか?確かに建造は数十年も前だが、これだけ金を出しているんだ。定期的に点検もあったはず。たしか、この地を治めているのはフリンケ侯爵だったな」
「はい。先祖代々この土地の管理、防衛を任されています。現代の当主は……あまり良い噂は聞きませんね。ボリス閣下とも懇意にしているとか」
「叔父上と?」
ボリス・モーリスは父の弟で、俺の叔父にあたる人物だ。父とは別の意味で厄介な人物で、簡単にいうと、絵に描いたような姑息な権力者だ。
昔、父の暗殺未遂が起こった際、首謀者と疑われ、審議にかけられた。しかし状況証拠しかなく、物的証拠が見つからなかったため、処罰されなかった。それからすぐに臣籍降下し、今現在は毒にも薬にもならないような領地の管理をしている伯爵家に婿養子になった。実質厄介払いされたようのものだ。父をかなり敵視している様だが、父からは全く相手にされていない。しかし腐っても元王族なので、ある程度の権威は持っており、声だけは一丁前にデカい。
昔から父のいない場所で俺に近づき、自分の娘と婚約させようと躍起になっている。娘であるルディナ・モーリスは愛嬌のあるスタイル抜群の美女なのだが、残念な事に俺はゲイなので女性に全く反応しない。
「ふむ…嫌な予感がするな」
数日後、予感は的中する。王宮に叔父とルディナが突然やってきたのだ。
「レイドルフ様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、殿下」
「ごきげんよう…と言いたいところですがこれは一体どういう事ですか」
父とよく似た容貌の男、ボリス・モーリスとふわりとした金髪に紫色の瞳を持つ褐色肌の女性、ルディナが談話室にいた。
「突然押しかけてくるなど、礼儀に欠けるのでは?」
「おや、ここは私の実家です。帰ってきて何が悪いのかな」
追い出されたくせに何を言っているのか。父がいる時は近づけもしないくせに。絶対に父が留守だと聞きつけて来たに違いない。
「レイドルフ様、申し訳ありません。所用で近くまで来たものですから、レイドルフ様にどうしてもご挨拶したくて」
図々しい父親とは打って変わって、ルディナは深々と頭を下げた。女性に下手に出られると強く言えなくなってしまう。前世の職業病だな…
「頭を上げろ、ルディナ。謝罪はもういい」
「レイドルフ様はやはりお優しいですね」
「それでご用件は?」
俺は叔父に視線を戻す。
「ルディナ、少し席を外しなさい。レイドルフ殿下と大切なお話があるのでな」
「そ、そうですか…。わかりました」
ルディナはこちらを名残惜しそうに見つめた後、退室した。部屋には叔父と二人きりになる。
「陛下はお元気ですか?」
「相変わらずです」
「そうですか。殿下、例の話し考えてくださいましたか?」
「何のことだ?」
「ルディナとの婚約の話です。娘はどうやら貴方を慕っている様ですよ。実の親が言うのも何ですが、ルディナは美しく、学問においても優秀な成績を残しています。なにより人狼としての能力も継いでいます」
またその話か。
うんざりしながら何と返そうか考えていると叔父はさらに話を続けた。
「殿下もあの兄を相手にするのは大変でしょう。早く身を固め、魔王となられるべきです」
「確かに父上の面倒は大変です。しかし、父は必要最低限の仕事はしています」
「そんな当たり前のことを堂々と言わないでください」
うっ、確かに
「ンンッ!兎に角、俺は婚約しません。そもそも父上の同意なしに決められない」
「殿下が言えば同意しそうですが」
まぁ、そうだろうな。
「叔父上」
俺は叔父近づき、耳打ちした。
「俺は男が好きなんです」
「…ッ!」
「つまり貴方の娘では勃たないんですよ」
「冗談でしょう?」
「残念ながら事実です」
「貴方は一体どうやって世継ぎを残すつもりですか!」
叔父上は立ち上がってそう言う。
「男でも妊娠が可能な種族はいますし、できなかったら、その時は貴方の娘の子供を私の養子にしましょうか」
「…父親にそっくりだなッ!」
俺が笑顔で答えると叔父は顔を真っ赤にして部屋を出て行った。すぐにダリが様子を見に部屋へ入ってくる。
「殿下、ご無事ですか?」
「ああ。どうやらお気に召さなかったらしい」
魔界の法では、養子の諸々の権利などは全て養父母にあるため、生みの親だろうが関係ない。つまり、モーリス伯爵家が得るものは特にないのだ。
「殿下、用心なさってください。あの方は何をしでかすかわかりません」
「ああ。しかも容易に尻尾を掴ませない。こんな時、父上なら面倒くさいとか言って、殺そうとするのかもな」
「ですね」
時折、父の倫理観の欠如した大胆さが羨ましく思える。
「レイドルフ様」
「ルディナ…」
部屋を出ると困った顔のルディナが立っていた。
「あの、父がまたご無礼を…?」
「いや、そんなことはない」
「殿下、あの…」
「……ルディナ、客人に立ち話をさせるわけにはいかない。お茶菓子くらい出そう。ダリ、用意してくれるか」
「はい、かしこまりました」
娘には言えないだろうな。俺がゲイだなんて。この世界で同性愛は珍しいことではない。だが、ルディナに真実を伝えれば、俺の事は諦めて他の婚約者を探そうとするだろう。
「遠慮せずに食べるといい」
「ありがとうございます、殿下」
庭園に用意されたお茶に口をつけたルディナは美味しいですと微笑んだ。本当にあの男の娘なのか?と疑いたくなるほど良い子だ。きっと母親の教育が良かったのだろうな。いっそ、不快になる程嫌な女だったら楽だったのに
「レイドルフ様、それでですね、あの…」
「何だ?」
「私……レイドルフ様の事が好きなんです!!」
「ゲホッ!」
大きな声でそう言われ、飲んでいた紅茶でむせてしまう。横に控えていたダリすらも驚いて目を見開いている。
「す、すみません!私大きな声ではしたない…」
「大丈夫だ」
「レイドルフ様を慕っている者は沢山おります。ですが私が一番レイドルフ様をお慕いしていると自負しております!」
真っ赤な顔でそう言い切る彼女はとても素敵な女性に見える。いっそのこと、俺がゲイであると告げるか?いや、しかし、そう言えば彼女はとてもショックを受けるだろうな。それに懸念すべき事がある。古い魔法薬学書を読んでいるときに発見したのだが、あまり認知されていないがこの世界には性転換薬と言うものが存在する。
「私、レイドルフ様の婚約者になれるなら貴方好みの女性になって見せます!」
「そ、そうか…」
俺がゲイと知って、彼女があの薬に手を出したりしたらとても面倒くさい事になるに違いない。叔父だって娘だけは大切にしている様だし、男にまでして俺と婚約させたがらないだろう。こうなったら…
「ルディナ、すまないが、俺にはすでに心に決めた人がいる」
「え?」
嘘で押し通すしかねぇ…!
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