転生先は推しの敵

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静かな月明かりと、暖かなランタンの灯りが混じる孤児院の一角で俺は足を止めた。そこは子供達用の小さな書庫。 そこにひょろっとした紫色の髪の少年がソファに腰掛け、体育座りで本を読んでいた。癖毛なのか寝癖なのかわからないが、もさもさの髪で、なんというか……陰鬱とした雰囲気の子だ。 「あの子は」 「北部にあるリロンから来た孤児です」 リロンと言えば北にある一番大きな都市だ。 「花街の娼婦が産んだ子供らしく……種族は吸血鬼です」 「吸血鬼……!?」 「殿下なら食いつくと思いました」 ダリはクスクスと笑う。吸血鬼はとても珍しい種族だ。父が若い頃はもっとたくさんいたらしいが、外見の美しいものが多かったせいか、かなりの数が人間に捕まり連れて行かれたと聞いている。 「どうやら客の男が吸血鬼だったようで、娼館を追い出された母親と路上で暮らしていたそうです。その後、人攫いに目をつけられ誘拐、母親はその場で惨殺されています」 「へぇ。んで、お前はどういう経緯であの子を見つけたんだ」 「ブラックマーケットを散歩していたら売っていましたので私のポケットマネーで買いました」 「あ、そう」 『闇商人から助けました〜!』ではないのがダリらしい。 「この孤児院は殿下の庇護を受けていますから、安心して暮らせるでしょう」 「お前、子供に優しいな」 「殿下、違いますよ。殿下と同じです。将来有望な子供達が殿下のために尽くすことを夢見ているのですよ」 ダリの目がニッと細くなる。 「殿下は彼が気になるのですか」 「まあな。他の子達に比べて魔力量がかなり多い」 俺は一目で他人の持つ魔力量がわかるスキルを持っている。魔族なら魔力は誰でも持っているが、保有量は人それぞれ。この孤児院の子供達は皆人並み以上に魔力を持っているが、吸血鬼の少年はすでに成人並みの魔力量だ。 「将来有望だぞ」 俺はダリにそういうと、背後から少年に近づいた。 「何を読んでいるんだ」 「ッ!!」 顔を近づけると、俺の存在に気がついた少年は飛び上がって窓際まで逃げた。俺は少年が落としてしまった本を拾う。 「ブラッドリー、殿下にご挨拶しなさい」 少年はダリの言葉に渋々といった風に頭をぺこりと下げる。この本、この書庫のものではない。この書庫は児童向けの絵本や小説、参考書くらいしか置いてない。背表紙を見ると、国立図書館の印があった。借りてきたのかと納得する。 「魔法技術所が最近認可し発表した術式をまとめたものか。魔法が好きなのか少年」 「……」 何やら話しにくそうにしていると思ったら、どうやらダリが怖いらしい。 「お前、一体何をしたんだ」 「さぁ…?ここへ連れてくる前少々暴れたので、教育的指導はしましたが」 「それが原因だろ。わかってんじゃねぇか」 俺はダリを部屋から追い出し、少年に本を返した。膝をついて少年の目線と同じになる。 「俺はレイドルフ・ナイトウォーカー。お前の名は?」 「…ブ、ラッドリー」 「ブラッドリーか。何故この本を読んでいた?大人でも難解な術ばかりだぞ」 俺は声が低いので、なるべく優しく聞こえるように問う。 「なんとなく理解はできる。ここにある本は全部読んだから…先生に図書館で色々借りてもらった」 「ん?」 全部読んだ?この孤児院が再開してまだ一ヶ月も経っていない。一ヶ月もしないうちに書庫の本を全て読んでしまったということか? 「本を読むのが好きなのか」 「……最初は文字を覚えるためだったけど、知識が増えるのが楽しくなった。魔法は興味ある」 ブラッドリーはそういうと、紙とペンを用意し、本を広げ、本に記載された術式を書き始めた。 「これは通信の術式か」 この世界に電話はない。今のところ、遠くにいる相手との通信は手紙や魔術を用いたもので、巨大な魔法陣の設置がお互いに必要というめんどくさいものなのだが 「ここの式が気持ち悪くて、もっと綺麗になるはず、だけど…知識がないからわからない」 この子には術式がそういう風に見えているのか。面白い 「ブラッドリー学校へ通うか?」 「え……」 「まぁ、タダじゃないがな。俺がお前個人を支援すると五月蝿い奴らが湧いてくるだろうし……俺がお前に目をかける大義名分が欲しい」 「大義名分?」 「この本を出した魔法技術所は、俺が囲っている技術所だ」 「えっ」 「一ヶ月そこで…そう、社会見学をしてくるといい。一ヶ月後お前が得た成果によっては、王都の学園に俺の名で推薦してやる。どうだ?やるか?」 「や、やる!」 食い気味でブラッドリーはそう答えた。 「では、明日迎えをやる。王宮にある部署に通うといい」 「あ、あ、ありがとうございます」 ブラッドリーは嬉しそうに笑った。 「流石殿下、あっさり手懐けてしまいましたね」 「変な言い方をするな」 帰り道ダリに笑顔で絶賛された。 「あの子は恩人である私にすら心を開かなかったんですよ?やはり殿下のカリスマ性は素晴らしいですね」 「お前の場合は教育的指導とやらのせいだろ。それに、吸血鬼は蛇が苦手だと聞いたことがある」 「ああ、そういえば、そんな話がありましたね」 「知ってたのか」 「今思い出しました。なんでも蛇の血は吸血鬼にとって毒になるとか、香りだけで吐き気がするとか。本当かどうか試してみたいところです」 「ダメだ」 「承知しています」
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