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王宮に戻り、執務室で公務を行なっていると宰相のジルベールが半泣きで入室してきた。深緑の髪、頭には竜人族の角が生えている魔族の男だ。
「で、殿下…!執務中に大変申し訳ございません!」
「何事だ。俺は忙しいんだが…」
「今日中に陛下の捺印が必要な書類があるのですが…」
「はぁ…」
嫌な予感がする。
俺はこめかみを押さえた。
「少し待て。これが片付いたら行く」
「ありがとうございます、殿下!」
ペンを動かし、片付けた書類をダリに渡すと席を立った。
「ダリ、あとは任せるぞ」
「承知しました」
ジルベールと執務室を出る。
「昼頃からご機嫌が悪くなられたようで……。我々では陛下を諌めることができませんので」
「ああ、やめておけ。俺もお前の首と胴体がさよならしてるところなんて見たくねぇ」
「ヒッ……」
ジルベールの顔が青ざめた。ジルベールも竜族なので強さは申し分ないはずなのだが、やはりあの父を止めるのは無理らしい。
「それで、父上はどこだ」
「いつもの場所です。西にある…白亜樹海」
「少し出てくる。留守の間頼んだぞ」
「は、はい!殿下、お気をつけて」
俺は体内の魔力を解放し、身体をオオカミに変化させた。巨大な灰色のオオカミの姿になると王宮を飛び出し、西に向かって疾走した。
屋根をつたい、王都を出ると砂雪砂漠をひたすら走る。植物が多くなってくると、白亜樹海はもうすぐ目の前だ。
『ついたか』
初めて見た時はあまりにも神秘的な光景に驚いた。白い樹木で構成された樹海の外見はとても美しい。しかし中は凶悪な魔獣の巣窟であり、攻略難易度SSSランク間違いなしの樹海だ。それを承知で入るのは父と俺くらい。不本意なことに。
俺だってこんな場所に入りたくなどない。しかし、父を連れ戻せるのは俺しかいない。
「……行くか」
いつまでも森の前で待つわけには行かない。人の姿に戻ると、父の匂いを辿った。この場所に住む魔獣達はとにかく好戦的だ。俺は無意味な殺生をわざわざしたくはないので、殺気を放ち襲われる前に牽制する。
しかし、それでも喧嘩を売ってくる奴はいる。
『ヴゥゥッ…!』
「チッ、めんどくせぇな」
低い唸り声が聞こえた。樹木の隙間から巨大な魔獣が飛びかかってきた。俺は素早く腕を振るう。魔力の紐が形成され、鞭のようにしなると魔獣の身体を真っ二つにした。
「返り血は浴びてないな」
俺がまとっている衣装や宝飾品は全てダリが用意した高価な品だ。できるだけ長く使い、浮いた金はもっと有益なことに使いたい。
それにしても、俺もまだまだ未熟だな。
歩きながらそう考える。父ならば殺気だけでどのような魔獣も失神させることができる。だが、父はあえてそれをしない。父は所謂戦闘狂というヤツだからだ。
父から見れば俺はまだ子犬同然なのだろう。
奥に進むと、父の匂いと一緒に鮮血の匂いが漂ってきた。
薙ぎ倒された樹に大量の血液と臓物。巨大な魔獣の亡骸の上で、父は魔獣の生首でリフティングをしていた。
「…………」
「あっ、レイくん」
呆気に取られていると、父が俺に気がつき一瞬で距離を詰められた。俺は全く反応できず、驚いて一歩後ろに下がってしまう。
「レイくんパパに何か用?」
父はニコニコしながら、俺の頭を撫でる。
「あ、は、はい。父上、仕事は?ジルベールが泣いていましたが」
「アイツ、またレイくんに泣きついたんだ」
父の顔から笑顔が消え、真顔になった。
怖すぎる。
「はぁ、つまんないつまんない」
これはまずいパターンだ。
父は心底退屈そうな顔で、ため息をついた。
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