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嵐。
海に放り出された王子は、なんとか木の板に掴まった。
もうすぐ帰港だった。
が、うねり狂う波。打ち付ける大粒の雨。
板にしがみつくのが精一杯。
潮水を飲み、だんだんと意識が薄れて、王子は板からも離れてしまう。
その時、大きな魚が跳ねた。
虹色の鱗を持つその魚は、人魚だった。
人魚は王子を抱きしめ泳ぐ。
しばらくして、嵐も落ち着き始め、人魚は王子をなんとか陸にあげた。
人魚は人間を襲い、食べてしまう事が多く、助ける事は少ない。
王子はボンヤリと目を覚ます。
金髪の長い髪の毛と、青い瞳が見えたが、再び意識を失った。
その後、城の兵によって彼は救けられ、2、3日してからは、海に面した城のバルコニーに外に出る程には回復していた。
その様子を岩の影から覗く人魚。
王子の名前はイーサン。
人魚の名前はレイル。
レイルはイーサンに恋をした。
初めての恋。
レイルは人間になりたいと思うようになり、それには魔法使いの薬が必要だと噂で聞いた。
レイルは人魚の家族の反対も聞かず、魔法使いに会いに行くことにした。
レイルの住む海中よりも更に深い所へ行く。
レイルの話を聞いた年老いた海蛇の魔法使いは、人魚が船乗りたちを引き寄せる美声と、王子を助けた事を秘密にするという事を引き換えに人間になる薬を渡すと言う。
レイルは迷ったが、イーサンにもう一度会いたくて、その薬を貰う事にした。
そして、魔法使いは言葉を付け足す。
人魚とバレた時には、お前は海の泡になり、元の姿に戻りたければ、その男を殺せと。
レイルは、イーサンを助けた浜辺の岩陰で、魔法使いの薬を飲んだ。
途端に喉が熱くなり、彼女は咳き込んだ。
霞む視界、息が出来ないほどの熱い喉。
レイルはその場に倒れてしまった。
***
次に目を覚ました時、レイルはイーサンの城にいた。
イーサンはレイルに助けて貰った事を覚えていなかったが、イーサンもまた美しいレイルに一目惚れした。
なんとなく覚えているのは、金髪の髪と、青い目。
彼女に似ている気がする…
言葉を話せないレイルに、紙を渡して名前を書かそうとしたが、人間の文字が分からない。
なんとか何度も口真似をして、名前がレイルと言うことは伝わった。
レイルがベッドからでると、色の白い足が2本ちゃんとある。
レイルは内心大喜びだった。
「レイル」
「レイル」
呼ばれる度にイーサンをどんどん好きになるレイル。
しかし、イーサンは王子だ。
お互いに好き合っていても、海で行き倒れていた何も分からない娘を花嫁にする訳にはいかなかった。
家臣たちは金髪で青い目の姫を探し、王子に会わせる事にした。勿論、その姫、ローラには話を合わせて貰って。
「私が王子を助けました」
そして、イーサンの前に恩人ローラが現れた。
他国の姫だという。
王子が目を覚ます前に、自国へ帰らないといけなくなり、報告が遅くなったとイーサンに話した。
なんとも、変な理由だと思ったが、争いの火種になってはいけないと思い、一応お礼の品々を用意したが、ローラもイーサンに一目惚れし、本当に結婚したいと言い出した。
イーサンはレイルを好きになっていたので、彼は初めは丁寧にローラに断りをいれたが、ローラは一命を助けて貰った身。次第に結婚の話が膨れ上がり、レイルは、小さな部屋に移され、イーサンと自由に会う事もできなくなってしまった。
恋の痛み。
レイルは毎日泣いて過ごし、そして、嘘をついているローラを憎んだ。
初めての恋。初めての憎み。どうしていいのか分からない真っ黒の心の中。
人間になった事は後悔はなかった。イーサンに恋をした事も。ただ、他人の手にイーサンを渡すのは嫌だ。
一緒になれないならーーー
レイルは深夜に部屋をそっと抜け出し、イーサンに会いに行った。
部屋は監視が見ていない隙にソッとドアを開ける。
イーサンはそれに気づき、レイルを抱きしめた。
「レイル!どうやって抜け出してきたんだい!?会いたかったよ」
彼女は苦笑いをした。
声が出せたら、一言でも「愛している」と言うのに。
何もかも初めての心が、暗くて重いものにさせてしまう。
"ごめんなさい"
レイルは口だけを動かした。
「え?何だい?」
レイルは、イーサンを見つめながら、隠していた果物ナイフで、彼の胸を刺した。
「うぐっ!?」
イーサンの胸からも口からも吹き出す血。
レイルは出せない声で再び"ごめんなさい"と言う。
イーサンはだんだん見えなくなる目で、やはり海で助けてくれたのは、レイルだと思った。
その後、ゆっくりと心臓が止まった。
レイルは涙を流しながら、バルコニーに走った。
そして、月の光を浴びながら、海に飛び込む。
その時、彼女の足は魚に変わり、キラキラと尾びれが光った。
レイルの姿は海中へすぐに消えた。
その後、皆はイーサンを殺した犯人は消えたレイルだと言ったが、海が何もかも消してしまったので謎のままだ。
レイルは幼すぎた。
ローラとの結婚は認めたくない、その気持ちでイーサンの人生を海の波で消してしまった。
声と人魚の姿取り戻したレイルは、歌う。
船を引き寄せ、人を襲うために。
そして、再び恋する希望を持つために。
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