正直な鏡

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 ――嫌いな存在だったのに。どうしてなのだろう?  そいつはいつもおどおどしていて、なにかに怖がっていた。俺を見ればあからさまに見ずに、ぶつぶつと呟いている。こっちの方が怖いぐらいだ。  だから俺もそいつを避けた。見ようともしなかった。  見て見ぬふりをして、いつのまにか……そいつは消えていた。 「ねぇ~、聞いてるの~?」 「あっ、ごめん。なんだっけ?」 「もう! だからさぁ~」  付き合っている彼女は俺の反応が鈍かったのに拗ねていた。だが最近、そんな彼女に思うことがある。――本当に俺を見ていないのではないかと。  俺は相当努力した方だと自負している。デブだったからランニングを最低5キロは走って、筋トレもした。大嫌いな野菜も苦渋を飲む思いで食した。食生活はかなり気を付けた方だと思う。  コミュ障だったから、大学ではサークルに入って先輩方の指南や異性とも付き合って……ついには彼女までできた。  仲間たちに恵まれて、彼女も居て、毎日が楽しさに溢れていた。まさに青春って感じだ。  俺は人生の勝ち組だ。こんな充実した日々などない!  ――そう思っていたのに、心の中ではなにかが訴えている。  「本当の僕じゃないよ!」  誰かが言っている。  邪魔だから、俺はその存在を消したかった。「邪魔なんてするな! 勝ち組の人生を歩ませろ!」  俺は心の鏡に訴える。――鏡の自分は醜く肥えたデブだった。
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