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断片的な記憶は無償に悲しくなる。時刻は正午をとうに過ぎ、日が陰り始めてきた。外は寒いので私はサナトリウムに戻った。室内は外よりもさらに暗くなっていた。私は恐怖にさいなまれた。するとどこからかカタリと音がした。どこにも誰もいないはずの空間でカタリと再び音が聞こえた。私は慎重に音がした場所を探した。カタリとまた音がした。さっきよりもだいぶ近い場所で聞こえた。音が聞こえた場所。それは食堂として使われていた部屋から聞こえてきた気がした。再びカタリと音が聞こえる。それは明らかに食堂の調理場の方から聞こえてきた。食堂に入るとかつて使用していたであろう、寸胴鍋や大量の食器が棚にしまわれていた。調理場の中に立ち入るとさらにその奥には食糧庫のような小さな扉があった。カタリと再び音が聞こえたのはその中からだった。私は食糧庫の扉を恐る恐る開けた。ピタリと予想があたった。中には薄汚れ、弱り切った男が一人横たわり、扉を指でなでていた。それはカタリと音がしたときから想像していたことだったかもしれない。食糧庫の扉には外側からカギがかけられていたため男は外に出ることができなかった。幸い食糧庫に閉じ込められていたため、それを食いつないで男は生き延びていたのだろう。ただ、長い期間暗所に閉じ込められて、ひどい精神状態で、まともに話をすることができるような状態ではないことは、すぐにわかった。食糧庫に閉じ込められ、朦朧とした男の姿を見て私は直観した。この男は私の婚約者だった人だと。そして私にその自動車で大けがを負わせ、意識不明の重体に負わせた張本人なのだと。この男は母の残した狂気の産物、私への供物なのだ。電磁波の雨が到達するまでの数日間、私はこの狂った婚約者と最後の新婚生活を送ることを決めた。
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