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夢だ。由美香はすぐに悟った。だって、寝間着で店に突っ立っている状況が、現実だと言えるのだろうか。
辺りを見回す。商品棚には鉛筆、消しゴム、筆箱やペン、シャープペンシル、万年筆などが陳列されている。
「いらっしゃいませ」
カウンターから店員らしき人が出てくる。店に立つ者とは考えられないほど荒れた髪で、こちらから彼の両目は見えない。
それに、店員の首から提げられた名札は空白だ。
「何かお探しですか?」
「おすすめ商品は何ですか」
由美香は怪訝そうな表情をしながら店員に訊く。早く楽しい夢に移りたいものだ。
「はい。こちらは文房具ではないですが、店の目玉商品です」
店員はポケットから小箱を取り出し、リングケースを開けるように蓋を開く。
中には、もう一段階小さな箱が入っていた。
「ふざけています?」
「んくっ。お客様、一旦落ち着いてください」
これには理由が、と店員は続ける。小箱には鍵穴があり、上面には油性ペンで「ステショナリーフレンド」と書かれていた。
「ステショナリーフレンド……?」
「はい。この中に封印されている淡い光を纏った生物です」
光を纏う生物とは。蛍のような何かだろうか。
「ステショナリーフレンドは取り扱いを誤ると、所有者に危険をもたらす可能性がございます」
「何でそれがおすすめなの」
「……正しく取り扱えば、お客様のお友達となるでしょうから」
友達。合計十六画のその単語に、由美香の胸が軋んだ音がした。
友達。友達。お客様の、私の、唯一無二のお友達。
「買います。幾らですか」
「んくっ。その即決力、素晴らしい」
あの独特な笑い方は腹立つが、これは自分の創り出した夢だから、むかつく奴は自分自身。由美香はそうやって自分を蔑んだ。
「お代は要りません。お客様の辿る運命こそが、僕にとってはそこらの金塊より価値の高いものですから」
いちいち鼻に付くセリフ。五月蝿い。凄く五月蝿い。
(あいつら視点の久保由美香もこんな感じなのかなあ)
「では、お買い上げされた品物は現実に送っておきますね」
「はあ」
「あ。どうせ夢なのに、と思いましたね。夢に制限をかける者は夢に破れますよ。それに、」
突然視界が霞み、店員のシルエットが揺れる。
「侮る気持ちこそ、ステショナリーフレンドの一番のご馳走なので」
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