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由美香が教室のドアを開ける。けれど、クラスメイトはまるで由美香が見えないかのように振る舞っていた。
教室のありとあらゆる場所から笑い声が響く。久保由美香、という固有名詞が聞こえた。プラスな話題ではない。多分、全部マイナス。
これらの原因は全て、クラス内で流行っている「幽霊ごっこ」だ。
その内容は、ターゲットをひたすら無視する、時々ターゲットを幽霊のように怖がり、退治するとより面白い、というもの。簡単に言えば「いじめ」だ。
中学教師とは、無論大変な仕事だ。そんなこと知っているけれど、先生もいじめを無視するから、先生まで幽霊ごっこに参加しなくても。
(……って声に出せたら、人生はイージーモードだよね)
由美香はリュックをロッカーに仕舞い、自分の席でホラー小説のページを捲る。
「うわ、何あれ。本読んでいる」
「ぎゃー、怪奇現象だあー!」
「悪霊退散!」
「マジ?俺、幽霊なんか見えなーい」
キャハハハ。甲高いのにどこかねっとりとした、気持ち悪い笑い声が教室の中心から聞こえてきた。
(私が見えないなら、本読んでいる、じゃなくて本が浮いている、って言ってよ。私を知らんぷりするのは徹底的なのに、そこは詰めが甘いんだなあ)
由美香は、ふん、とこっそり鼻で笑ってやった。こうでもしないと、中学校生活二年目は耐え凌げない。
「ホラー系統のやつだよね、あの本。自分がオバケなのによく読めるよね。あ、同類だから逆に好きなのか」
いじめ主犯格の取り巻きである水琴が、由美香を睨みつける。
以前は友達だったはずなのに。そんな想いが由美香の胸を刺す。
メールのやり取りも頻繁にしていた仲だったが、お揃いで買ったイルカのキーホルダーを壊した動画が水琴から送られて以降、その流れも途切れた。幽霊ごっこが始まって一週間後のことだった。
幽霊ごっこの参加者は、幽霊なんて嫌いだ、とか騒ぐが、クラスメイトは全員幽霊ごっこの参加者か野次馬だ。由美香は独りだ。
(私には新しい友達が必要なのかなあ)
由美香の溜め息は、ホームルーム開始のチャイムと先生が開けたドアの音に掻き消された。
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