色イロいろ

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『ねぇ、私たちのこと、誰にも言っちゃダメだよ?』  自由な校風を売りにしている高校のせいか、ここに通う生徒は派手めな人たちが多く、大学への進学率の高さから入学を決めた地味な僕は、見事にカラフルな人たちの中に埋もれ、時代にも取り残されたような何の個性もないただの『人』だった。  そんな色のない僕が心惹かれたのは、今どきの人から見たら地味な女子なのだろうけど、まさに烏の濡れ羽色というべき長い黒髪の、透けるような色白のモノクロな女子だった。  一目惚れなんてありえないと思っていたけど、いろいろな色が混ざりあったこの学校では彼女の存在は逆に目立ち、僕は見事なまでに釘付けになり、そして彼女は僕の視線に気が付いた。 『どうかした?』  全体的に、汚れを知らないような純粋そうな彼女が発した言葉とは裏腹に、彼女の表情はゾクリとするほど妖艶で、その真逆の二面性に完全にのされてしまった。  そんな一目惚れをしてしまった彼女と、とんとん拍子でお付き合いをすることとなり、二人で決めたことは『この関係は秘密』ということだった。  まだ大人になりきれず、それでいて小さな子どもでもない年齢の僕にとっては、秘密の関係という言葉は背徳感があり、良くも悪くも背筋がゾクリとする感覚に陥った。  最初は目が合うだけでも僕にとっては十分な刺激だったのに、それに慣れてしまうと『もっと、もっと』という感情が湧き上がってくる。  当然、そんな感情を御せるほど大人じゃない僕は、彼女と少しでも一緒にいたくて、小学校・中学校でもやったことのない早寝早起きをし、誰よりも早くに学校に向かう。  彼女はそんな僕を見てなのか、はたまた早起きをしてまで会いたがる僕の行動が面白いのか、毎日クスクスと笑ってくれた。  その笑顔と笑い声が可愛らしく、それを見たい聞きたいと思う僕は毎日一番乗りで教室に入る。  そしてまた自分の欲に勝てない僕は、秘密の関係というスパイスに慣れてきて、さらなる刺激が欲しくなる。  朝と帰りに、誰にも見られないように話すだけでは刺激が足りなくなった僕は、昼休みに空き教室を探しては彼女とこっそりと昼を共にした。 『そんなに私と一緒にいたい?』  そんなことを言う彼女はまた艶っぽい表情を見せ、それにのされた僕はもう彼女しかいないと思ってしまう。僕は頷いて、「好きだ」と言葉に出すと、彼女は途端に子どものような笑顔を見せてくれた。  コロコロと表情が変わる彼女を独り占めしたい、その思いもどんどんと膨らんだ。  彼女に嫌われたくなくて、でも必死さを感じさせないように懸命に背伸びした日々を過ごしているうちに、夏休みが目前に迫った。 『もうすぐ夏休みになっちゃうね。会えなくなるなんて嫌。ずっと一緒にいたい』  彼女に先にそんなことを言われてしまった。僕だってずっと一緒にいたい。  だから僕は彼女の次のお願いを聞き入れ、モノクロの僕たちが、僕たちらしく色鮮やかになるであろうその日が来るのを待ちわびていた。  夏休みが近付くにつれ、僕の昂る気持ちは抑えられなくなり、急加速する乗り物のようにコントロールを失い、そしてついに彼女とキスをした。  秘密の関係の彼女と、誰にも見られない場所でのキス。さらなる背徳感が僕を支配し、もっともっとと刺激が欲しくなってしまう。  あと数日で夏休みとなったある日、僕の世界に異変が起きた。 「おい。……おい、おめーだよ。無視すんな」  至近距離に顔が来るまで、まさか僕に話しかけているとは思わなかった。僕とは接点が一生なさそうな、このクラスで一番目立つ女子だ。  耳横のツインテールは可愛らしくもあるが、頭の半分は黒髪、もう半分は赤髪で、その髪色の不自然さは見事なまでの警告色で、僕はできる限り近寄りたくないと思っていた人だ。  さらに目の周りもとても紅く色付き、眉毛や口元にピアスが……、いや、耳なんて片方は無数にピアスが付いている。  そして人でも喰ったかのようなドス黒い紅い唇が開けば、他の女子よりもあまり喋るタイプではないが、さっきのように毒々しい言葉を吐き出す。  この口の悪さなのに、見た目が『可愛いから』という理由だけで友人も多く、クラスの中心人物であり、そして学級副委員長なのは、僕のように必死に勉強をしてこの学校に入った者からすると納得がいかない。 「おい、聞いてんのかよ? 何見てんだよ?」  僕は呆気にとられた。自分から話しかけておいて、僕に見るなとでも言いたいんだろうか? 「おめーに話あるから。昼休みに。逃げんなよ」  この言葉を聞いたクラスメイトたちは囃したてる。そのクラスメイトの大半がカラフルな人たちで、もうすぐ夏休みだというのに、僕はその原色の塊のような彼らとほとんど会話をしたことがない。  そんな人たちに囃したてられる不愉快さを、当の本人たちは分かっていないのだろう。  言いたいことを言った満足からか、彼女は甘ったるい果実のような香りを僕の周りに残して、自分の席へと戻って行った。  もちろん関わりたくない僕は、昼休みを告げるチャイムが鳴ると同時に教室を出て、彼女と落ち着ける空き教室へと向かった。
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