色イロいろ

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 絡まれた理由なんて考えたくなくて、でもこうやって彼女と二人になるまでどうにも落ち着かず、ストレスで心に負担がかかっていたとようやく実感ができた。 『あの子、嫌な感じだね。私、あの子のこと嫌いだな』  驚いた。彼女は僕以外の人には興味がなく、こうやって他人の悪口を言ったのを初めて聞いたからだ。  とはいえ、僕も初めての会話で『おめー』なんて言われ、もう好感度が上がることはないなと彼女と話していると、バーン! と、教室の戸が開いた。 「おめーに逃げんなって言ったよな?」  僕と彼女だけの空間にひびが入った。今の今まで話題に出ていたあの子が、とてつもなく不機嫌な顔で侵入してきた。 「何なんだ!? 僕に構わないでくれよ!」  珍しく声を荒げてしまった。それくらい、僕にとっては彼女との時間を邪魔されたことが不愉快だった。 「は? 同じクラスなんだから構うに決まってるだろーが。つか、おめーじゃねぇ。用があるのはそっちだ」  禍々しい髪を揺らしながら、僕の大事な彼女を見据えた。 「やめろ!」  僕がそう叫んでも、こちらを見ることもなく口を開いた。そしてなぜか僕は金縛りにあったように動けない。 「分かってんだろ? おめー取り憑かれてんの。殺されそうになってんの」 「何を言ってるんだ!? そんなわけない! 僕の彼女を侮辱するな!」  このクラスメイトは見た目だけじゃなく、頭もおかしかったらしい。話にならないからこの教室から早く出たいのに、体が動かない事実に変な汗が少しずつ出てきた。 「は? 彼女? うっわ……えっぐ。おめーにどう見えてるか知らねーけど、顔半分潰れてて、脳みそとか目玉が飛び出した悪霊が彼女?」  何を言っているのか本当に分からない……。 「コイツ変に悪知恵が働くから、隠れまわって何年かに一回だけ出て来るんだよ。そんで気弱そうなヤツに取り憑いて、最後は道連れにして殺すんだよ」  そう言いながら手や腕を動かし、そしてブツブツと何かを呟き始めた。すると少しだけ体が軽くなり、隣に座っていた彼女をようやく見ることができた。 「……うっ……オェッ……ゲホッ!」  その場で盛大に吐いてしまった。クラスメイトが何かを呟く度に腹の底から吐き気が込み上げてくるが、それよりも隣にいた彼女の見た目が見慣れた姿とかけ離れ、いつもの美しい姿と違いあまりにも醜悪だった。  彼女の左半身しか見えないが、腕や指は不自然な方向に曲がり、体も制服も生々しい程に血まみれだ。顎は砕け舌が垂れ下がり、鼻も潰れ、目玉らしきものと白とも薄いピンクとも言える脳みそらしきものが混ざり合って、ナメクジのようにゆっくりと舌先に向かって垂れてきている。  至近距離で人間の顔の内部を見た衝撃で、吐き気が治まらない。  呪文のような呟きが進むにつれ彼女は暴れ、腐ったような臭いと共に脳みそや血も撒き散らす。  その目も当てられない惨劇に、また吐き気が込み上げる。 「で、どーする? 自分で成仏するならこれ以上ツライ思いさせねぇし、また生まれ変われるけど? まだ暴れるって言うなら問答無用で魂を消すから、死んだとき以上に苦しむし、もう生まれ変わることもできないけど?」  彼女の悲鳴や怒号が飛び、僕の嘔吐く音が絶え間なく聞こえる中、このクラスメイトは最初からずっと変わらない同じトーンで話す。 『死ね! お前の体を寄越せ!』  さっきまで、あんなに愛しいと思っていた彼女の、例えではないまさに本当の化けの皮が剥がれ、正気では考えられない叫び声がクラスメイトに向かって放たれる。 「あたし短気なんだけど。あー、おめーもう無理。反省する気ねーし」  若干苛立った様子のクラスメイトはお経のようなものを力強く唱え、意味ありげに両手を動かすと、これが断末魔というものかと分かる絶叫が響き渡った。  その叫び声と共に、愛しいはずだった彼女は消えてしまった。  段々と頭の中にかかっていたモヤのような物が無くなってきて、今までのことを思い返す。  確かに僕にしか彼女は見えていないようだった。だけどすぐにそんなことは気にならなくなり、異常なまでに彼女のことしか考えられなくなった。  むしろ、他の人に見えないからこそ彼女を独占した気分になり、どんどんと気持ちが昂っていった。  段々と彼女の言う言葉だけが正しいと思い、他の人の言葉に耳を貸さなくなった。  そのせいで、夏休みに会えなくなるのなら一緒に死のうという言葉に賛同した。  そして明日、僕たちは心中するはずだった……。 「おい、これ飲め」  ぶっきらぼうにそう言いながら、両手を床について四つん這いの僕に小さな小瓶を差し出したが、僕は動けずに嘔吐くだけだった。  すると彼女は僕の顎を押さえ、無理やり小瓶の中身を飲ませようとしてきた。口の中に液体が入ると、反射的にそれを飲み込んだ。 「……ウッ……オェッ……オエェ!」  ゲロリと吐き出した物は真っ黒な、巨大な硬めのヘドロの塊のようなもので、僕の口から出たとは思えない物だった。さっきまでは胃液を出していたし、今飲まされた液体は透明だった。  口の幅よりも大きく、こんな物が体内にあったとは考えにくい。 「うっわ、えっぐ。あと一日遅かったら死んでたかもよ。あいつは滅したから、もう大丈夫」  そう言いながら僕に飲ませたのと同じ物なのか、別の小瓶の中身を僕が吐き出した塊にかけると、シュウシュウと煙をあげて消え去った。 「ほら、見ろよ」  脈絡もなくそう言いながら、手鏡を僕の目の前に差し出した。鏡の中にはやつれきっていて、酷い顔色の僕がいた。 「おかしいと思ってたんだよ。どんどん痩せて変な顔色になってたし」 「あの……君は一体……?」  いくら同じクラスとはいえ、一度も話したことがなくて今日が初の会話だったのに、こんな急展開で何がなんだか分からない。
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